会報「SOPHIA」 平成19年12月号より

刑事弁護人日記(51)
外国人被疑者弁護


   刑事弁護委員会
委員 土面 尋志


  1. 昨年11月3日、私は当番として接見し被疑者段階の刑事弁護を受任した。被疑者の男性Aはブラジル人で、日本語での日常会話程度は可能であった。被疑事実は傷害である。事案は、Aが、休日に、刈谷市内の公園で仲間のブラジル人10名程度でバーベキューをしていたところ、その中の1人Bが、Aらの車から現金を盗んだことから、AらがBを殴打し、Bに対して加療約3週間の傷害を負わせたというものである。Aには、前科・前歴はない。接見したところ、Aは事実を認め、Bが現金を盗んだことが原因であるが、殴って傷害を負わせたことは悪かったと自らの非を認めていた。そして、現勤め先は勤務を始めてまだ1か月足らずで、早く仕事に戻らないと、会社を解雇されてしまう虞があるから、何とか早く出してほしいと懇願された。そこで、私が受任することになった。Aは生活に困っているというわけではないが、私選弁護費用を用意できるとは思えなかったので扶助で受任することにした。

  2. まず、Aの勤め先(派遣会社)に連絡すると、Aは勤務態度がよく、派遣先にも評判がよいとのことで、会社としても早く戻ってきて今後も勤務してほしいということだった。ただ、不在期間が長くなると別の人を補充せざるを得ず、元の派遣先には戻れないばかりか、派遣会社としても雇用を続けることが難しいとのことであった。そこで、何としても被害者と示談して、不起訴あるいは略式命令で事件を終結させる必要があった。

  3. すでに、Bも窃盗で逮捕・勾留されており、双方示談すればお互いの利益になる。示談自体それほど難しくはないと思われた。ただ、ネックは、関係者と意思疎通ができるかである。

  4. Aの自宅に電話をするとAの母親が出たが、日本語が話せない(私もポルトガル語は話せない)。父親に代わってもらったが同じである。意思疎通ができず困惑していたが、Aの婚約者Fから折り返し電話があった。幸いにもFは日本語の会話ができた。そして、Fは示談金を支弁する用意があると言ってくれた。これで、Aの側の問題は解消したと思った。

  5. 次に、Bの家族の連絡先に電話をした。Bの妻は日本語が全く話せず、その友人と話をしたが、この人も到底示談の話ができるような会話能力はなかった。通訳人を頼んで電話をしてもらうしかないかと思っていると、Bの弁護人から電話があった。双方とも示談をすることで思惑は一致しており、その後は難なく示談が成立した。そして、勾留満期の11月18日に罰金を払って釈放された(私としては不起訴でなかったのがやや不満だった)。

  6. 本件は、Aに示談金の支弁者がいたこと、勤め先の理解があったこと、また日本語が話せる家族がいたこと、さらにBに弁護人がついたことという好条件が重なり、示談が成立して略式命令で終結できた。しかし、本件と同時期に受けた、同じくブラジル人同士の傷害事件では結局勾留満期までに示談することができなかった。このように、外国人の被疑者弁護では、たとえ自白事件でも、事件関係者と意思疎通ができないとか、雇用の問題あるいは査証の問題などが絡んで、しかも短期間で動かなければならず、困難が多い。まして、否認事件では、言葉が通じないことをいいことに、捜査機関に都合のいいように調書を取られる虞がある。今後、被疑者国選の対象事件が拡大し、被疑者段階での弁護人の役割が重要になる。ますますの研鑽が必要であると実感する今日この頃である。






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