会報「SOPHIA」 平成19年11月号より

子どもの事件の現場から(65)
少年と共に学んでいく


   会 員  粕 田 陽 子


少年の母親殺人未遂事件を担当しました。彼はそれまで補導歴すらなく、「母親に対しても日常的な不満はなかったと思います」と言っていました。では、なぜ。いろんな方向から、母子のエピソードを聞き取りましたが、彼の口から母親に対する感情を表す言葉を聞くことはできませんでした。

実施された鑑定によれば、彼は持って生まれた個性として広汎性発達障害があり、加えて幼いころからの母親による不適切な関わりがあったといいます。そしてこれにより、少年が陰性感情を自覚することすらできておらず、自らも意識しないままに思い詰めた状態になり、本件を引き起こしたと考えられるとのことでした。なるほど、語られたエピソードの中には、彼が自己主張したことを母親や周囲の大人が理屈をつけて否定したというものが幼いころから数多くありました。これでは、周囲の大人と異なった感情を持つことすら許されないと感じつつ育つわけで、自らの陰性感情を意識すらできなくなるのもやむを得ないのかもしれません。中学入学以降のクラスメイトとの関わりを見ても、他者との折衝をせずに、周囲にあわせることでもめ事を回避する傾向があることもわかりました。

彼は、鑑定医から、今後は、自分の陰性感情(注:「陰性感情」とは、怒りや不安、嫌悪感などの不愉快な感情のこと)を肯定的に捉えて、その感情を場面に応じて適切に自己主張に置き換えたり、我慢して他で発散できるようにしていく必要があるとの指摘を受けました。そして、鑑定医は彼にパット・パルマーの本を数冊薦めて下さいました。

パット・パルマーはアメリカの心理学者で、アサーティブ・トレーニング(=相手を傷つけることなく自己主張をする訓練)センターの所長だそうです。少し長くなりますが、その中から「怒ろう」を、是非ここに紹介したいと思います。

「…こんなとき、怒りがこみあげてくるのは自然なこと。その怒りは、自分を大切にしようとする、あなたの気持ちのあらわれでもある。…怒ってもいい。大事なのは怒らないことじゃなくて怒りに支配されないこと。…あなたが怒りに支配されると怒りは直ぐに暴走を開始する。そして、必要以上に相手を攻撃したり、非難したり、傷つけたりする。そんなとき、あなたの怒りは自分を守るためでなく、自分を正当化するために使われている。…怒るのをやめよう、なんて考えないで、もっとうまく怒れるようになろう、と考えたほうがいい。…あなたの怒りは、あなた自身を、そして世界を、よりよいものに変える可能性を持っている。(パット・パルマー著『怒ろう』(径書房)より抜粋)」

39頁しかない新書サイズの本で、イラストが多く、子どもたちでも読みやすい本だと思います。彼は、「これからは怒ることもやっていかなくちゃいけないと思う」と彼独特の表現ながら、感想を述べていました。私自身もこの本を読み、反省することも多く、また、機会があれば、以前担当し、今少年院にいる少年にも読ませてあげたいなとも思いました。

審判では、児童相談所長送致となり、彼と母親はその後、児童相談所での指導を受けています。それは、彼には医学的な治療ではなく、教育的なモデルで折衝力や自分の気持ちを理解する力を育てることが必要と判断されたためです。こうした成長途中の子どもたちに関わると、得るものも多いなぁと実感したケースでした。






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