会報「SOPHIA」 平成19年10月号より

裁判員裁判の評議のあり方を検証する
〜中弁連大会シンポジウム


   会 員
柘 植 直 也


1 10月19日午前9時30分から金沢全日空ホテルにて「裁判員裁判における評議方法について」と題して中弁連大会シンポジウムが開催された。参加者は一般も含め200名を超えた。この企画は、裁判員裁判の評議に光を当て、シンポに先立ち市民18人の模擬裁判員からなる模擬公判を実施し、公判後、模擬裁判員が6人ずつの3グループに分かれ、それぞれ弁護士3人が裁判官役を務める3つの評議体による評議を行い、その過程及び結果を検証するとの内容であった。シンポでは、前半にこれらの模擬公判、評議の様子をDVDで流し、後半は、弁護士や評議体を構成した市民等をパネリストとして議論が行われた。

2 模擬裁判の題材となった事件

 丸米太郎は、建物の2階に住み、1階で書店を経営している。午前5時頃、書店のシャッターの音に目を覚ました丸米が1階に降りたところ、店の入口付近のレジを開け中を見ている男がいた。丸米が「コラッ。」等と声を掛けて駆け寄り男に掴み掛かると、男は、丸米の胸を蹴り、倒れた丸米の顔を数回足蹴にし、半開きのシャッターから逃げた。丸米は男を追い外に出たが男の姿はなく、店の前にキー付きの白い車が止まっていた。丸米は、レジの1万円札3枚がなくなっており、怪我をしたので110番通報した。5時15分頃警察官が駆け付け、丸米に事情を聞いていたところ、麦田次郎が現れた。警察官が麦田に声を掛けると、麦田は「俺じゃない、俺じゃない。」と言い、書店の前のキー付きの車で逃げようとした。麦田は、警察官の説得により、ポケットから3万円を出して見せたが、丸米が犯人に似ていると言ったことから、逮捕された。

 検察官は、麦田を強盗致傷罪で起訴した。

3 公判

 麦田は、公訴事実を否認し、犯人性を争った。検察官は、冒頭陳述で、麦田が早朝書店の前にキー付きの車を置いていたこと、3万円を所持していたこと、警察官に「俺じゃない……」と述べたこと、着衣のTシャツが破れていたこと、丸米が、容姿が似ていると述べていることを指摘した。一方弁護人は、3万円は近くの友人から借りたものであること、車は友人宅へ行くために止めていたこと、「俺じゃない……」と述べたのは警察官に呼び止められパニックに陥ってのことであること、丸米は位置関係や明るさから犯人をしっかり見ることができなかったことを指摘した。

 証拠調べでは、丸米の証人尋問、被告人質問が行われた。丸米の尋問では、麦田は犯人と背格好から何となく似ているという程度であり、丸米の位置からは本棚のためレジは見えないこと、シャッターは1m程しか開いておらず、店内は暗く見えにくいこと、犯人の顔は見ていないことが明らかになった。他方、被告人質問では、書店前に車を止めたのは、友人宅の前の道が狭いためであること、早朝に金を取りに来るように友人に言われていたこと、Tシャツは着古して破れたこと、「俺じゃない……」と述べたのは、警察官が沢山おりパトカーがいたためパニックになったためであることを述べた。また、友人の名前を聞かれたのに対し、大切な友人で迷惑を掛けたくないとの理由で、頑として答えなかった。

 その後、論告、弁論がなされ、検察官からは懲役6年が求刑された。

4 評議

 第1評議体では、裁判官3名と裁判員6名が対面型に座り、裁判員法39条の説明はなし。裁判官は有罪心証で積極発言し誘導・説得した。その結果、評議は、裁判官が指名しないと裁判員は発言しない、裁判員同士の議論がない、沈黙が長いという状態であった。当初の心証は、裁判員無罪4対有罪2だったが、途中、陪席裁判官が、合理的疑いを容れない証明は100%でなくても90%でよいと発言した途端に裁判員1名が有罪に変更し、結局裁判員3名、裁判官3名の6対3で有罪となり、量刑は懲役4年となった。裁判員からは、威圧的でしゃべりにくかった、裁判官の意見にひきずられたとの感想が語られた。

 第2評議体は、机をコの字型にし、裁判官3人を挟んで両側に裁判員が座った。39条説明は、裁判長が公判で読んだペーパーを棒読みした。前半は裁判員の心を掴むためソフトで公正な雰囲気を作り、後半に裁判官が有罪心証を開示し一気に引っ張る方針で臨んだ。その結果、前半の議論はそれなりに活発で心証も分かれた。ところが、後半に両陪席裁判官が有罪心証を開示した途端、無罪方向の心証であった裁判員3人が有罪に変更し、評決は裁判員4名、裁判官3名の7対2で有罪となり、量刑は懲役3年の執行猶予付きであった。裁判員からは、自分の意見と違う意見が聞けて有意義だったとの感想とともに、裁判官の意見の影響が強かったとの感想があった。

 第3評議体は、机をロの字型にし、裁判官と裁判員がバラバラに座り、裁判官は、39条説明の記載例を読み上げるとともに刑訴法の原則を丁寧に説明し、目撃証言の信用性について複数回注意点を説明し、最終評議の前に再度刑訴法の「有罪」心証の意味を説明した。また、起訴状、見取図、39条の説明例、争点整理表を配布した。裁判官は司会役に徹し、全員が等しく発言できるようにし、誘導は一切せず、裁判員同士の自由な議論がなされるよう心掛けた。その結果、裁判員全員が活発に議論を闘わせた。評決では、全員一致で無罪となった。裁判員からは、フリートークで思い思いの話ができたとの感想が述べられた。

5 後半のパネルディスカッションでは、米国に留学され、裁判員制度を研究される伊藤和子弁護士(東京弁護士会)、3つの合議体の各裁判長(中村正紀、西村依子、飯森和彦各弁護士、金沢弁護士会)及び各評議体の裁判員各1名がパネリストとして参加し、中西祐一弁護士(金沢弁護士会)の司会により進められた。

 議論では、刑訴法の有罪心証の意味につき、公開法廷で説明し、さらに同じ内容を評議室に持ち込み、ポイント毎に何度も説明すべきこと、争点整理表等も、法廷で議論しペーパー化して評議室に持ち込む等により評議を可視化する必要があることが指摘された。そして、裁判官は早期に心証を開示すべきでなく、行司役に徹するべきであり、また、説明と意見は峻別し、説明のふりをして意見を述べることは慎むべきであることが指摘された。

 それでもなお、裁判官の不当な影響力が働く危険があるので、裁判員の守秘義務の罰則を廃止し、裁判員から裁判所に対し評議につき不服申立できるようにすること、評議内容をメディアにも言えるようにすべきことが指摘された。各裁判員からも、評議内容につき、特に裁判官の評議における対応や、どのような点で意見が分かれたか等を事後に発言する機会が欲しいとの意見が口々に述べられた。

〈感想〉

 評議の進め方により、裁判員が活発に意見が言えるか否か、裁判員同士の議論がなされるか否かに大きく影響し、評議の結論も左右されることや評議における裁判官の発言等の影響力の大きさが改めて実証され、正直驚いた。今後、1年半の間に、さらに評議のあり方について議論、検証を深め、評議の可能な限りの可視化についても真剣に議論し、本当の意味で、裁判員による市民の良識、社会経験を裁判に反映させることができる裁判員裁判を実現することの必要を再認識させられたシンポジウムであった。






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