会報「SOPHIA」 平成19年9月号より

弁護士に未来はあるか!
日弁連国際活動に関する協議会


   委員
石 畔 重 次


パリ
弁護士会で
●クレメンティ・レポート???

現在イギリス(以下、イングランド・ウェールズを意味する)は、弁護士改革の真っ最中である。もともとサッチャー政権に端を発した改革は、ソリシターの不動産法務独占を廃止し、バリスターの法廷弁論権独占を一部廃止するなどの成果をあげていたが、2001年に公正取引局(Office of FairTrading)が弁護士会の規制が自由競争を妨げていることを指摘し、その後の政府による改革を勢いづけることとなった。その総括ともいえるものが、2004年末にクレメンティ卿が公表した報告書(クレメンティ・レポート)である。そして2006年、イギリス政府は、この報告書を踏まえた法律サービス法案(Legal Services Bill)を議会に提出した。

これがイギリスだけの問題であればどうということもない。しかしイギリスの動きは世界に波紋を及す懸念がある。そのため、国際活動に関する協議会は研究会を立ち上げ、このたび、「クレメンティ・レポートに関する調査報告書」をまとめ上げた。


●何がイギリスで問題となったのか?

一言で言えば、イギリスの法曹は既得権益にあぐらをかいていて消費者のためになっていないと批判されている。

そのため、法案はこれを消費者のために改革しようとする。そこでのキーワードは何か?残念ながら、「弁護士自治」でも「弁護士の独立」でもない。それは、「消費者の利益」と「市場原理による競争の促進」である。


●苦情処理は独立機関の手で

消費者の利益が直接問題になるのは苦情処理である。法案が実現すると苦情処理は法曹の手を離れ、法曹経験の無い委員が多数を占める法律関係苦情局(Office for Legal Complaints)によって処理されることになる。

裁定では苦情申立人への補償などが命じられ、苦情申立人が受諾するときは、被申立人となった法曹はこの裁定に服さなければならない。


●消費者の代表が監督

そして弁護士会は、消費者から監督されることになる。弁護士会の機能は、会員の利益を代弁し促進する代表機能と、綱紀懲戒などの規制機能とに二分される。このうち代表機能については自治が認められるが、規制機能については、消費者のために弁護士会が規制機能をきちんと果しているかどうかを、独立機関である法律サービス委員会(Legal Servises Board)が監視・監督することになる。


●法律事務所の経営と所有は自由化される

競争の促進に関しては、事務所形態が大幅に自由化される。バリスターとソリシターが法律事務所を共同経営することが許される。会計士などの他業種との共同経営(いわゆるMDP)も自由化される。それだけではない。他業種専門職でもない者との共同経営も許される。

法律事務所の所有も自由化される。弁護士以外の者からの出資を募ることも認められ、上場することさえ可能になる(オーストラリアではすでに実現している)。


●弁護士自治の破壊とサービス産業化

これは一大事ではないか。ということで、今春、研究会メンバーで現地調査に赴いた。


●意外だったロー・ソサイエティの態度
しかし、ロー・ソサイエティ(Law Society=ソリシターの団体)に危機感はあまり感じられなかった。曰く。現在でも完全な自治は無い。ソリシターの職務規程でさえ、大法官任命の委員会の承認を得なければならない。曰く。現在でもおびただしい苦情申立てがあり、これをロー・ソサイエティが処理しないですむようになればかえって助かる、と。



破棄院の法廷
●欧州他国はどうか?

次にブリュッセルの欧州弁護士会評議会(CCBE)を訪問し、イタリア、フランス、ベルギー、スペイン、ドイツのそれぞれ常駐代表団から話を聞いた。

ここでの印象は、EU競争法の浸透であった。各国の競争当局が弁護士会の規制を調査し、規制の見直しを求めている。

最も深刻な顔をしていたのは、イタリア代表。EU基準に合わせるための国内法が制定され、広告規制の撤廃、報酬基準の撤廃、MDPの自由化などが急速に進んでいるという。

弁護士数も多い。開業弁護士数はイタリアが約12万人、スペインが約11万5000人、小国ベルギーでも約15500人である。

他方で、フランスなどは、良くも悪くも古典的な弁護士像がまだまだ健在である。市民からの苦情はとくに問題になっていないとのことで、苦情は、昔のように弁護士会長宛に手紙が来る程度だという。法律事務所を弁護士でない者と共同経営することも許されていない。企業内弁護士も認められていない。


●最後はパリへ

ということで、ブリュッセルの後はパリへ行った。古い(?)感覚が何となく合うし、いつもセーヌを見下ろす弁護士会で歓待してくれるからである。フランス弁護士会評議会(CNB)とパリ弁護士会を訪問し、その後、破棄院と弁護士博物館を見学した。


●イギリス型か、フランス型か?

シャンパンを飲みながら考えた。日本の弁護士の未来はどうなるのか。イギリス型か、フランス型か、それともアメリカ型か。

頭の古い私としては、フランス型がいい。弁護士の傾向はビジネス指向ではないし、イギリスのように苦情が殺到するほど市民から嫌われてもいないという(ただし、フランスでは法曹の地位は行政官よりも低そうだ)。

アメリカの弁護士は、嫌われてはいるが、頼られる存在でもあると思う。社会における司法の重みもあり、弁護士自治もそれなりに確保されている。

イギリスの改革は、消費者主権という観点で参考とすべきものがあるように思うが(ただ、消費者の利益というよりは公共の利益というべきであろう)、致命的な欠点がある。それは、権利の護り手としての弁護士の職務を、一般のサービス産業と同列に捉えていることである。これでは、高度の規範意識を持て、利潤追求に走るなということ自体が無理な相談というものである。しかし、今や日本も弁護士人口増とともにこれと同じ方向に流れているのかもしれない。






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