会報「SOPHIA」 平成19年9月号より

子どもの事件の現場から(63)
ある少年から教えてもらったこと


   委員
野 田 裕 之


 私が初めて携わった少年事件について、少年が初めて仕事を見つけるまでのことをご報告させていただきます。少年は18歳の女性、幼いときに父親を亡くし、中2で大好きだった母親とも死別、その後学校に行かなくなり、素行不良であった姉とともに生活を始め、シンナーを常習的に使用するようになり、姉とその友人に誘われるまま非行を犯してしまいました。

 調査票や鑑別結果は、ことごとく少年に社会内での更生は難しいというものでした。内容としては、@少年はこれまでの生活状況等から少年に社会生活を営む素養がないこと、A少年には知的能力の点で問題があり、社会には適応できないこと、及びB少年は流されやすいところがあり継続して仕事等をしていくことができないというものでした。

 私としてもこれらの意見が間違っているとは思いませんでした。しかし、多感な時期に大切な母親を亡くし、その後の生活の心の支えとなっていた姉との関係を持ち続けてきた彼女を責めることはできませんし、姉とその友人との関係しか持ってこなかったせいで、彼女の社会性や能力が未開発であるだけだと感じていました。彼女自身も、これまでの生活の問題点について自覚をし、今後は仕事をしていきたいという決意をしていました。

 そうした彼女の気持ちと可能性を裁判所も認めてくれ、なんとか試験観察になったときから、彼女の初めての仕事探しが始まりました。しかしこれが実に大変でした。試験観察になるまでは、彼女も、どんな仕事でもやりたいといっていたのですが、なにぶん初めてであり尻込みをしていたところも多かったのに加えて、彼女が今までシンナーでお世話になっていた医師に「軽度の知的障害のおそれがあり、就労は困難。」という診断書を出されたこともあり、保護者である彼女の兄にも協力してもらい、調査官とも協議を重ねたのですが、彼女の職探しは正に難航しました。

 私は、少年事件のメーリングリスト等で、様々な先生方のお力をお借りしながら、彼女にあった職場を探していきました。その中に、今回彼女が就職することとなった特別養護老人ホームがありました。そこの所長さんがとても理解のある方で、彼女のことを理解していただき、最初は無理せず彼女にできることから始めてくれればいいと言うことで、彼女は仕事を始めました。正直私としても仕事を続けていってくれるか心配はありましたが、無理せず働ける環境であったことや、もちろん彼女のがんばりもあり、順調に仕事を続けていくことができました。

 仕事を始めて2か月程して迎えた最終審判では、裁判官からの様々な質問に対し、拙い感じあるものの確実に自分の言葉で話ができました。その様子は、仕事を始める前の彼女からは考えられない大きな進歩でした。

 このように鑑別結果等に指摘があった彼女の社会性や知的能力の問題はなんだったのかというくらい順調に仕事を続けてきました。そこには今回の勤め先の方々のご配慮が大きいとは思いますし、私も彼女の問題点の指摘が間違っていたとは思っていませんが、今回の事件を通じて少年には心理テストや知能テストだけでは計れない能力が多分に備わっていて、ちょっとしたきっかけにより大きく成長する力を有しているのだということを知りました。そういった意味で、今回の事件は、私にとってもとても貴重な体験ができた事件となりました。

 これからも彼女には、仕事を通じて大きく成長していってもらいたいですし、こういった大切なことを教えてくれてありがとうと言いたいです。






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