会報「SOPHIA」 平成19年6月号より

緊 急 企 画 シンポジウム 「えん罪を生み出す取調べの実態」
〜ある日突然逮捕されて〜開催される

   刑事弁護委員会 副委員長  鈴 木 典 行


1.平成19年6月6日、日弁連クレオにおいて、緊急企画取調べの可視化(録画・録音)を考えるシンポジウム「えん罪を生み出す取調べの実態」〜ある日突然逮捕されて〜が開催された。

鹿児島選挙違反事件(志布志事件)、富山の誤認逮捕事件等がマスコミで大きく取り上げられ、捜査過程における取調べのあり方が問題になっていることを受けて、緊急企画されたシンポである。

我国における自白偏重の取調べは今に始まったことではないが、捜査のあり方に対する社会的関心が高まっている今こそ、捜査方法にメスを入れる大きなチャンスである。

本シンポは、富山の誤認逮捕事件の元被告人が参加するということもあって、マスコミの関心も高く、また海外の報道関係者も相当数参加し、立ったままで熱心にメモを取っている参加者も多く見受けられ、また多数の国会議員も参加して盛り上がったシンポとなった。

このシンポで語られた内容は、現在もなお存在している我国の捜査の実態を知る上で参考になると思われる。



2.加毛修日弁連副会長から、「何故可視化が必要か、それはえん罪を防ぐためである。しかし、可視化導入の立法の目途は未だ立っていない。それは、警察権力が組織を挙げて反対しているからである。これを打ち破るには国民が一致して立ち上がるしかない。何とか可視化を早期に実現したい」との挨拶があった。



3.第一部は、「特別報告―取調室で何が起きているか」と題し、今問題となっている事件の当事者から、リアルな報告がなされた。その内容は、体験した人のみが語ることのできる説得力のある内容であった。その一部を紹介する。


(1)鹿児島選挙違反事件(志布志事件)

、川畑幸夫氏らが自ら体験した取調べの内容について、以下のように語った。

「最初から怒鳴られ続けであった。任意の取調べであったが、長時間に及ぶ苛酷なものであった。そのため、死んだ方が楽だと思って川に飛び込んだが死ねなかった。自殺未遂後も配慮した取調べはなかった。」「途中で待ち伏せをして、任意同行を求められ長時間取調べを受けた。取調官から、おい、こら、藤山、お前を死刑にしてやるぞとまで言われた」「お前以外は皆認めている。認めるまで出られんぞ。認めたら明日から仕事に行けるぞ」「お前の女房は、お前みたいな嘘つきとは離婚しますとまで言っているぞ」「お前が1回だけ認めれば女房は出してやると言われ、家内の体が心配だったので一回だけ認めようと思ったが、今まで自分を支えてくれた人、家族のことを考えて頑張った。弁護士さんからも事実を貫けと言われたことが支えとなった」等精神的、肉体的に苛酷な取調べを連日受けたと語った。

この事件は、事件そのものが全く存在していなかったにも拘らず、被告人13名中6名が自白している。


(2)佐賀3女性連続殺人事件(北方事件)

元弁護人から、一度任意で取調べを受けた被告人がそれから十数年経過し、時効直前になって逮捕された事件であり、被告人が自白するまでの17日間、連日1日平均12時間以上の自白を迫る威圧的な取調べがなされたとの報告があった。なお、この事件は、一審、二審とも自白の信憑性に疑問があるとして、被告人を無罪としている。


(3)布川事件の再審請求人の報告

再審請求人は、1979年に無期懲役判決を受け、29年服役して、仮釈放となっている。

「えん罪事件の当事者としては、悠長なことは言っておれない。一日も早い全過程の可視化を実現して欲しい。取調官は、自分が描いたストーリー以外は信じてくれない。何を言っても信じてもらえないのは本当に苦しい。人は弱いものである。目の前の苦しみから逃れたくなってあり得ない事実まで認めてしまう。裁判官は人間の弱さを分っていない。」と自らの体験に基づいて、えん罪の発生する構造について熱く語った。


(4)富山事件の元被告人から

強姦既遂と未遂の2件で有罪が確定し、服役後に誤認逮捕が発覚した事件である。

3日間の任意同行の後、逮捕された。朝9時30分から夜11時まで取り調べが続いた。3日目に嘘の自白をした。取調べの途中で一度気を失っている。取調官から「お前の姉さんが間違いないと言っている」と嘘を言われた。家族も信じていないと思い自暴自棄になった。

検察官、裁判官の前で「私は、やっていない」と言ったが信じてもらえなかった。検察官の前で「やっていない」と言った後、刑事から机を叩きながら「ヘタ打つと殴るぞ」と言われ、怖くなって白紙の用紙の上に「今後ひっくり返すことはいたしません」と署名、指印して確約させられた。刑事は私の手を取って、刑事の思う通りの見取り図を私に書かせた。


(5)鹿児島選挙違反事件を追跡して

毛利甚八氏(マンガ「家裁の人」の原作者)が、以前は、狭山事件、免田事件などは古い時代の話であって今の警察、検察は違うと思っていた。しかし、江戸時代からの自白偏重の捜査のDNAは、現在まで根強く引き継がれていることがわかったと我国における自白偏重の捜査方法は、脈々と続く根強いものであるとの感想が語られた。



4.第二部パネルディスカッション

志布志事件の元被告人中山信一氏を交えて、取調べの病理とその克服のためにと題してパネルディスカッションが行れた。

第一部の報告から、自白偏重の苛酷な取調べがえん罪を生み出す大きな要因となっているとの認識を前提に、この取調べの病理とその克服のためには、捜査の全過程の可視化の実現が不可欠である。一部のみの可視化では却って弊害が大きいとの認識で一致した。



5.感想

我国の刑事裁判のように供述調書を中心に心証が形成されると、捜査側は、無理にでも自らが想定するストーリーに合せた供述調書を作るようになってしまう。

裁判員裁判が実施されるまでには、捜査の全過程の可視化と物証を中心とする科学的捜査の実現が不可欠である。

この日、私の隣りにいた山畑正文氏(志布志事件の元被告人川畑幸夫氏が実践している可視化実現のための運動を応している方)から、えん罪事件や可視化に関する資料を山のように頂いた。民間の人が可視化実現のために奮闘しているのであるから我々弁護士も頑張らなくてはいけないとの意を強くした。






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