会報「SOPHIA」 平成19年3月号より

刑事弁護人日記(42)
体感器窃盗事件と構成要件の人権保障機能

   会 員 森   亮 爾

1  刑法の構成要件は、それに該当する行為でない限り、いかに処罰の要求があっても処罰されることはないという人権保障機能を有すると言われる。

しかし、この人権保障機能を十分に発揮させるためには、裁判所が検察官に当該行為が法益侵害の現実的危険性を有することの厳格な証明を求め、行為の徴表から行為者の反社会的性格が認識できたとしても、この認識に基づく処罰の要求に流されず厳格な判断を下すことが必要である。実務家は理論に拘泥せず、結論の妥当性を志向すべきという考え方は、明らかに法治主義に反する。

果たして、私が経験した事件は、構成要件の人権保障機能を全うしているであろうか。

2  起訴状記載の公訴事実の概要は、次のとおりである。すなわち、被告人は、スロットマシーン(以下、「スロット」という。)に内蔵されている乱数生成電子回路の周期に類似する周期で電流を流す低周波治療器型体感器を利用してスタートレバーを操作し、スロットが予定している確率よりも高い確率で当選を意図的に出現させる方法により、メダルを窃取した、というものである。

これに対し、弁護人らは、低周波治療器型体感器は当選を意図的に出現させる機能を有さず、構成要件的結果発生の現実的危険性を有さないとして、争った。

3  ここで、事件の内容を理解するために、スロットや低周波治療器型体感器の仕組みについて、説明しておかなければならない。但し、スロットには様々な種類のものがあるので、ここでの説明は、私が経験した事件で用いられたスロットに限ったものである。

4  スロットには、「1,2,3,…16382,16383,16384,1,2,3,・・・」というように、1万6384の異なる記号を同じ順序で繰り返し刻んでいる乱数生成電子回路が内蔵されている(この意味で、永遠に不規則な順序で記号を刻んでいる本来の意味での乱数ではない。)。そして、このうち54個の記号がビッグボーナス、27個の記号がレギュラーボーナスと決まっている(他に、チェリーという小役、オレンジという小役、ハズレと決まっている記号等もある。なお、同じ役の記号は1万6384の記号中にばらばらに存在せず、固まって存在している。54個のビッグボーナスの記号の固まりと27個のレギュラーボーナスの記号の固まりも隣り合っている。)。イメージとしては、円グラフがくるくると回転している姿を想像すればよい。そして、1周期(イメージとしては、円グラフの1回転)に要する時間は、1000分の4.096秒である。したがって、ビッグボーナスとレギュラーボーナスの記号を刻む時間は、1周期あたり僅かに10万分の2.025秒にすぎない。

そして、当選するかしないか、どの役に当選するかは、スタートレバーを下げることによりスタート信号が発せられたのが、どの記号を刻んでいるときかによって決まる(絵柄のリールを停止させるボタンによって決まるのではない。スタート信号が発せられたのが、はずれの記号を刻んでいるときであれば、いかにリール停止ボタンをタイミングよく押しても、電子回路の制御により、当選の絵柄からずれてリールは停止する。)。イメージとしては、宝くじの当選番号を決めるときの矢を想像すればよい。

5  次に、低周波治療器型体感器の仕組みであるが、次のとおりであると言われている。すなわち、
@低周波治療器型体感器にもスロットに内蔵されている乱数生成電子回路の周期に類似する周期の電子回路が内蔵されており、スロットの乱数生成電子回路の周期に合わせて電流を流す、
Aその電流による刺激を、行為者の腕部に貼付した低周波治療器に用いられるパッドを通じて行為者の腕部に与え、腕部及び手指を痙攣させてスタートレバーを下げる、
B低周波治療器型体感器には、電流を流すタイミングを微妙に遅らせたり早くしたりするボタンがあり(低周波治療器型体感器は、上記ボタンにより遅らせたり早くしたりした電流を流すタイミングを周期の起算点として、また同じ周期で電流を流すので、円グラフ上の当選結果が左右にずれることになる。)、行為者は、スロットの当選結果を絵柄で確認しながら、このボタンを操作することにより、電流を流すタイミングを、他の役を刻んでいるときからボーナスの記号を刻んでいるときに近づけていく、というものである。

6  これを読んで、本記事の読者はどう思ったであろうか。人間の神経及び筋肉を介してスタートレバーを下げるのに、1周期あたり10万分の2.025秒のボーナスの記号を刻んでいるときに合わせてスタートレバーを下げられるほど、人間の神経及び筋肉は精緻にできているのであろうかと思ったに違いない。これが自然な感覚であろう。

7  私及び私と同じく本件の弁護人である秋田光治会員は、某大学の運動生理学専門の教授に、次のような実験をしてもらった。すなわち、@電気刺激装置と呼ばれる研究用の装置から電流を流し、Aこの電流による刺激を、大学院生の腕部に貼付した電極を通じてその腕部に与え、腕部及び手指を痙攣させてスタートレバーを下げる(スロットは、中古機販売会社から購入した。)、B電気刺激装置から発せられる電流の立ち上がりの時刻とスタートレバーを下げることにより発せられるスタート信号の時刻との時間をコンピューターにより計測するという実験である。この実験方法は、低周波治療器型体感器の仕組みと理論的に同じであり、客観性に優れたものである。

8  この実験を多数回行った結果は、次のとおりである。すなわち、実験結果のバラツキの程度を表す標準偏差(標準偏差とは、電気刺激装置からの電流の立ち上がりの時刻とスタート信号の時刻との時間の全実験の平均からの平均時間差を指す。難しいが、文言通り読んで欲しい。)が、スロットの乱数生成電子回路の1周期に要する時間に相当する程度もあり、到底、当選を意図的に出現させることが不可能であることが確認されたのである。

9  しかし、裁判所は、検察側が行った実験、すなわち、体感器を使用して遊技を行うスロットと通常の遊技を行うスロットの2台の遊技結果を比較する方法、換言すれば、当選回数の増大が体感器により意図的に出現させたものか、偶然生じたものかを確定できない方法(スロットは、長時間にわたる連続的遊技の結果が予定確率に至るように設計されているが、短期的にはボーナスや小役が連続的に当選することもあるように設計されている。)による実験結果を採用し、有罪とした。

10  裁判所は、私たち弁護人が真に重要と考えた数々の主張を、判決書の中で具体的に反駁することなく、「弁護人が縷々主張するところを検討してみても、原判決に所論のような事実の誤認は見いだせず」として葬り去った。いささか俗物的かもしれないが、多大な時間を要して弁論を作成したにもかかわらず、何と失礼な、というのが率直な感想である。

11  私は、まだ、刑事裁判の現実に対する絶望の淵から立ち直れないでいる。そこに、弁護士自治という弁護士の魂を部分的に奪い去った(異論もあるが、私はそう思う。)法テラスの国選弁護人制度が拍車をかけた。私は、ますますニヒリズムの深みへと落ちていくのであった。






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