1 2006年11月14日、名古屋地裁豊橋支部で、ブラジル人被告人の窃盗事件につき、無罪判決をもらったので、簡単に報告する。
2 私が、この事件に出会ったのは、同じ年の2月下旬のことであった。当番弁護で、被告人と接見したところ、別件のオーバーステイはやったけど、2件の窃盗は絶対にやっていないとのこと。私は、すぐに扶助申請をして弁護人になり、起訴前の活動を開始した。すると、被告人の供述を裏付ける証拠がいくつか入手でき、私は、被告人の無実を確信した。そこで、担当検察官と面会して不起訴を迫ったが、検察官は、「絶対に起訴する。」と冷たく言い放ち、3月15日予告通り起訴した。私は、国選弁護人選任手続を取るとともに、絶対に無罪を取ることを心に誓った。
3 そして、起訴後の弁護活動が始まった。被告人には、接見禁止がつけられた上に、関係者はブラジル人が多く、言葉の壁から来る弁護活動への支障は大きかった。しかし、被告人は、一貫して否認しており、被告人と犯人を結びつける証拠は、被告人と一緒に盗んだという「共犯者」X(既に本件で服役中)の供述のみだったのでXの供述の嘘を暴くことに一番力を注いだ。
この点、被告人は、「Xは、本当はYと一緒に盗んだのに、親友のYをかばうためにトラブルのあった自分を巻き込んだ」と言っていたので、調べていくと、まず、Yなる人物が、被告人の言うとおり、犯行当時、Xと同じアパートに住み、行動をずっとともにしていたことが分かった。さらに、このXとYが当時住んでいたアパート(3棟)の住人から聞き込みを行ったところ、「XとYが盗みをした」という噂を聞いたことがあると複数の住人から聞くことができた。そして、これらの収穫をもとにXへの尋問では、本当はYと一緒に盗んだのではないかと追及して、供述が信用できないことを明らかにした。
そして、判決もXの証言につき「Yに嫌疑が及ぶのを避けるためになされた虚偽の供述ではないか」とその信用性を否定し、窃盗について無罪を言い渡してくれた(確定。ただし、オーバーステイの量刑を不服として被告人が控訴)。
4 私がこの判決をもらうまでの9か月間には、実に色々なことがあった。接見に行くたびに盗んでいないと訴える被告人を前に、私は刑事弁護人としての責任の重さをひしひしと感じた。だから、無罪をもらえた時は本当に嬉しかったが、同時に、ずさんな捜査をした警察とそれを追認した検察官に対しては、改めて怒りを感じた。被告人は、Yを調べて欲しいと取調べの際に言っていたのに、甲号証には「Yを人定できない」旨の捜査報告書があった。一弁護士でも、Yの素性、YとXの関わりを明らかにできたのに警察にYを人定できないはずはない。弁護士ではあっても一女性の私が、ブラジル人男性ばかりが住むアパートに聞き込みに行くことに内心どれだけの葛藤をしたか捜査機関には分かるまい。捜査が尽くされていれば、こんな起訴はなかった。
5 さて、最後になったが、この事件では、支部の刑弁委員会の方々にずいぶん助けてもらった。私が頼んで月1回の委員会後に「刑弁Q&A」の場を設けてもらったところ、ミニ「経験交流会」のような場となり、56期の私には、非常に有益な場になった。こういう場があれば、刑事弁護に若手も取り組みやすくなるし、活発化してよいのではないかと思っている。