会報「SOPHIA」 平成19年2月号より

「生まれること」の法と倫理
−生殖医療技術の利用に対する法的規制に関する提言

   日弁連人権擁護委員会第4部会  部会長 増 田 聖 子

1「授かる」から「作成する」
なにかの縁で巡り会った男女が愛し合い、子どもを授かる・・・有史以来、我々は、そうして、連綿と世代を受け継いできました。
ところが、近年の急速な生殖医療技術の進歩が、この姿を変えようとしています。体外に取り出した精子と卵子で作成した受精胚を第三者の女性の子宮に移植して出生させるというところまで技術は進歩しています。精子も卵子も半永久的に凍結保存が可能となり、父も母も生存せずとも、子が生まれることすら技術的には可能です。
我々は、「人の誕生」を左右するこのような生殖医療技術を無制約に受容していくのでしょうか。現在、これが、問われています。
2 凍結精子による死後懐胎
昨年9月4日、最高裁は、夫の死後に、その凍結保存した精子によって懐胎して出生した子どもの認知請求を棄却する判決を出しました。民法は、死後懐胎子と夫の親子関係を想定しておらず、かかる親子関係を認めるか否かには立法措置が必要であるとしたのです。
3 あるタレントご夫婦の「借り腹」
また、妻の卵子と夫の精子を利用して作成した受精胚をアメリカ人女性に移植し、出産してもらった双子について、その夫妻の子どもとして提出した出生届を巡って、東京高裁は、昨年9月29日、アメリカネバダ州裁判所の命令に従い、これを受理せよとする決定を下し、現在、最高裁に係属しています。
4 おばあちゃんが孫を産む
さらに、昨年10月には、長野県の産婦人科医が、学会のガイドラインに反して、閉経後の50代の女性に、実の娘とその夫の受精胚を移植して孫を出産した例を公表しました。
5 日弁連のとりくみ
日弁連は、人権擁護委員会第4部会(医療と人権)を中心に、長年、この問題を調査・研究し、2000年には、生殖医療技術の利用に関する法的規制を求める提言をまとめました。この段階で、既に多くの諸外国がその国の文化や歴史を踏まえた法整備をしていたにもかかわらず、我が国には、法的拘束力のない関係学会のガイドラインがあるにすぎなかったからです。そして、その後、2003年には、厚生科学審議会が法整備を必要とする報告書、法制審議会が民法の特例法の中間試案をまとめたものの、法整備がなされないまま、技術は一層進歩して、事実上実施される事態が続き、上記のような法的・倫理的問題が噴出してきているのです。
かかる状況下で、日弁連は、本年1月19日、上記2000年提言に、現時点で死後懐胎と代理懐胎は禁止すべきであるという補充をして生殖医療法制定を求める再提言をしました。全文が日弁連HPでご覧いただけます。
6 人権・人間の尊厳との調和
「自分の子が欲しい」というのは、普遍的で自然な望みであり、可能な限り尊重するべきだと思います。他方、生殖医療技術を利用してこの望みを叶えようとするときには、生まれてくる子どもの福祉や自分の身体を提供して生殖医療技術の利用に関わる人の人権、そして、人間としての尊厳の確保が欠かせないことも、また、論を俟ちません。生殖医療技術の利用は、人権や人間の尊厳、家族や社会のあり方、倫理にも深く関わり、次世代にも影響を及ぼす事柄です。それゆえ、我が国において、人権の擁護と人間の尊厳を確保しつつ、子どもを持ちたいという望みをどのように尊重した法整備をしていくべきか、我々は、現代を生きる一市民として、そして、法制度の改善に努力すべき弁護士として、今後とも取り組んでいく必要性を痛感しています。





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