会報「SOPHIA」 平成19年1月号より

子どもの事件の現場から(56)
被虐待経験を有する成人の刑事弁護について

   子どもの権利特別委員会  委 員 沢 田 貴 人

1  皆様もご承知のとおり、児童虐待防止法の施行後においても、児童虐待の認知・相談件数は増加の一途を辿っています。また、愛知県については、全国47都道府県の中でもワースト3に入る児童虐待の発生件数を有している状態にあります。そのように生育歴において継続的な虐待行為を受けた場合には、幼少時のみならずその後の生活においても大きな影響を与え、成人になってからもその社会的自立を阻む要因となることがあります。その一例として、最近経験した国選弁護事件がありましたので、子どもの事件そのものではありませんが、そこに縁由を有する事案として、ここで紹介させて戴きたいと思います。

2 当該事案の内容は、24歳の男性による私文書偽造・行使・詐欺等の事案であり、被告人は、自宅に侵入した上で、窃取した実の弟名義の健康保険証を利用してサラ金のカードを作成し、他人名義で金員の借り入れを行ったものとして起訴されました。

本件事案については、当番弁護での出動時に生育歴を確認した際に、虐待経験を有する旨述べていたことから、起訴前から被疑者扶助で弁護人となりました。実母に連絡を取り、被告人の受け入れを打診していましたが、母は頑なに拒んでいました。

もっとも、その後も、母親が度々被告人の近況を尋ねてきたことから、一度会いたいとお願いをしたところ、家に来てもらうのは困るが、近くの喫茶店ならばということで何度かお会いして話を聞くことができました。

母の話は、被告人のものとほぼ同じで、被告人は、保育園の頃から、母を中心とした両親から身体的・精神的虐待を受け続けていたほか、元々、軽度知的障害なども有していたため、学校内でも苛められ、家にも学校にも居場所がない状態で、保育園の頃から家出を繰り返すようになっていました。その頻度や逃走距離は小学校に上がってからは一層高まり、それが逆に、母らの更なる激昂と虐待行為を呼ぶという悪循環に陥っていました。そのため、被告人は、小学校5年生の頃に、児相によって一時保護され、その後は、児童養護施設における生活を続けており、退所後においても、家庭への復帰が困難でした。実家へは戻ることができず、派遣会社などでの勤務やホームレス同様の生活を送る中で、本件犯行に至ってしまっていました。

3 本件事案については、資力の問題から被害弁償は困難であったため、公判においては、被告人の生育歴について詳細に主張すると共に、被告人の抱える障害などを伝え、被告人に必要なのは、刑罰による矯正教育ではなく、社会内における一定の公的枠組みの下での教育であり、初犯ではあるものの、保護観察付執行猶予相当との弁論を行いました。検察官の求刑は実刑やむなしというものでしたが、最終的には、保護観察付の執行猶予となりました。

また、本件については、被告人の身の置き場を得るために、被告人の療育手帳の発行機関や市役所・保護観察所等に連絡をしましたが、基本的には、たらい回しにあい、どの施設からも「満員です。」との回答ばかりで快い回答は得られませんでした。仮に更生緊急保護等の保護手続きを必要とする場合であっても、施設の関係から満足な保護を受けることができない実態についても強く不満を感じました。






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