会報「SOPHIA」 平成18年12月号より

子どもの事件の現場から(55)
何が彼女にとってのベストなのか

   会 員  福 谷 朋 子

彼女はあと2ヶ月で20歳。軽度の知的障害を抱えた彼女は、小学校・中学校通じていじめを受け、19歳になるまで、自宅で折り紙やパズルをして過ごしてきました。そんな彼女は、公園で小学生に声をかけられ、初めてできた「ともだち」に誘われるままに、窃盗の手伝いをし、初めての家裁送致となり、3ヶ月前に保護観察処分を受けていました。

今回は、同居の祖母から罵られたと感じた彼女が、カッとなって包丁を持ちだし、前回の事件の担当刑事に「今包丁持っとる」と連絡をしたところ、そのまま逮捕されてしまった、とのことでした。両親とは事情があって別居の状態で、幼い頃から祖母に育てられてきた彼女は「おばあちゃんが私をバカにする」「家には絶対帰らん」と訴えました。私は家族からの虐待の可能性を念頭に置きつつ扶助協会の援助を受けて付添人となりました。

調査官面接の際に初めて会った祖母は大変しっかりした方で、長年彼女を養育してきた自信に満ち溢れ、「悪いことをしたときには叱りますが、バカにしたり虐待をしたことは決してありません」と断言しました。ただ、言葉の端々に「あの子の能力では、人並みのことをしたいと望んでも所詮無理」というニュアンスが見られるのが気になりました。

私は、遅めの思春期を迎えて自立を望む彼女を祖母が頭から押さえつけていること、そのたびに祖母が彼女の能力不足を指摘すること、祖母には彼女を傷つけているという意識が全くないことなどから、家庭に戻しても、同じことが繰り返されると考えました。そこで、先輩弁護士にも相談の上、知的障害者のグループホーム等をあたりましたが、審判日までに受入可能なところはありませんでした。また、仮に受入可能な施設があっても「あの子が私なしで生活することなど到底不可能」という祖母の強い反対が予想されました。

鑑別所で、彼女は、シャープペンで腕に入れ墨を彫ろうとして注意され、パニックになって大暴れをしたり、水道の水で頭を洗ったり、トイレに籠もって出てこなかったり、職員の方々の手を焼かせていました。審判前日の接見では、「家には死んでも戻りたくない。家よりは年少(少年院)に行きたい。できればずっとカンベツにいたい」と述べました。

彼女の処分については、事前にも、審判途中にも、裁判官・調査官と協議を重ね、結局、ある程度枠のある場所で生活させ、その間に家庭以外の帰住先を見つけるという結論となりました。彼女が仮に16歳ならば、補導委託付試験観察としてもらい「裁判所が決めたこと」と彼女を家庭以外の場所で生活させることを祖母に納得してもらうことも可能ですが、彼女の年齢ではそれもかないません。自ら警察に連絡をした彼女の無意識の叫びを、私たち大人が受け止めるためには、彼女をこのまま家庭に帰すのではなく、「少年」のうちにできる関わり方をすべきではないか、というのが一致した意見でした。

裁判所には、少年院送致決定と併せ、保護観察所長宛に少年法24条2項、少年審判規則39条に基づき「弁護士福谷朋子と連携し、保護者に対し、少年を福祉施設に入所させることを検討させて、少年の仮退院後の帰住先を確保すること」という内容の環境調整命令を出してもらいました。

「家より年少」といっていたくせに少年院送致を告げられ号泣していた彼女に、近いうちに会いに行ってくるつもりです。








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