会報「SOPHIA」 平成18年11月号より |
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−心神喪失者等医療観察法付添人奮闘記(3)−「作業所」ってご存じですか? 会員 舟橋 直昭 いわゆる作業所は、精神障害者小規模保護作業所といって、精神障害から回復しつつある方が10〜20人で軽作業や交流を行う場です。ダンボールを箱型に組み立てるといった単純作業を、1つ20分位かけてゆっくりゆっくりやっていきます。ゼムクリップを1つずつ指で数えていき、100個になると小さなビニール袋に入れていく作業を見ているうち、私は頭を机にぶつけそうになって目が覚めました。 私自身ある後見人事件で、こうした「授産施設」を訪れる機会はありましたが、今回、心神喪失者等医療観察法(以下「本法」)の付添人に選任され、障害を持つ方と正面から向き合う関係機関の方々から、貴重なお話を伺うことができたので報告させて頂きます。 担当した事案は少々重めでした。対象者(成年)は実の母を殺害したのですが、ある精神障害との診断により心神喪失とされ不起訴、本法の申立に至ったもので、検察官意見はもちろん入院命令でした。 対象者はそれまで、社会生活を問題なく送ってきていたので、「突然、何故?」との疑問を抱きつつ、鑑定入院先の精神病院に面会に行ったところ、対象者は、事件前後の記憶は全く抜け落ちていましたが、幻聴や幻覚を疑わせる言動もなく、落ち着いて話ができました。数日後、再度会った時には、少なくとも、現在は、診断がなされたような精神障害ではないなと確信するに至りました。私は実は、これまでそのような診断のなされた精神障害患者幾人かと話したことがあるのですが、該患者にありがちな「解体した会話状況」は全く見られなかったからです。鑑定医の先生とも面談しましたが、やはり診断がなされた精神障害でないとの意見を持っておられました。 以下は、私との会話の一端です。 (君から見てお母さんはどんな人?) やさしくて、いいお母さん。僕にはよくしてくれた。 (お父さんが生きてた時、一緒にどんな仕事してた?) クーラーの取付けとか冷蔵庫の配送とか。 (クーラーの取付け一人でできるの?すごいね。どうやって覚えたの?) 教えに来てくれる人がいた。 (メーカーの研修なのかな。もし、ここを出られたら何をしたい?) 働きたい。流れ作業の工場で働きたい。 (どうして流れ作業?) 一つの事ならできる。 年齢から見て若干の精神遅滞はあるようです。ただ、精神障害患者に自身の事を尋ねていると、自分の興味ある世界に浸り始めたり、「僕は何でもできる」等と言いがちなのですが、彼はストライクを投げ返しています。 そこで、検察官に簡易鑑定書を出して下さいと言ったら、実施していないといいます。これだけの事件にも拘わらず、実際に簡易鑑定が実施されていないことがわかり、精神障害の判断は措置入院の際の診断書に拠ったと検察官は答えました。精査したところ、診断書は3通あり、2通は診断内容が合致していましたが、1通には違う病名が記載されていました。 裁判所に、当初の診断には強い疑問がある旨の意見を述べたところ、果して、鑑定医からは、「対象者は一過性の精神病性障害であり、現在はその症状は存在しない。」との鑑定書が出されました。 本件では、ここからが高いハードルになりました。何故なら、「一過性の障害」が再発しない保証はなく、本法による治療の必要ないというためには、更に、対象者を見守る資源の有無が考慮すべき要素となるからです。 とりあえず、自宅を訪ねてみましたが、出てこられた親族は、保護者としては期待できませんでした。 地元では大事件でしたから、地域から拒絶反応のある場合、対象者にとって新たなストレス因子となる可能性があります。実際、合議体を形成する参与員は、この点を懸念し、通院命令が相当と意見を述べておられました。 そこで次に、本件について意見を述べる立場にある社会復帰調整官(保護観察官)にお会いして、事件後対象者が通院していた医療機関を教えてもらうとともに、鑑定入院前に、対象者について、保健所主催で地域医療関係者によるケースカンファレンスが1回だけ行われたとの情報を得ました。 乗りかかった船なので、通院していた医療機関に行って、ケースワーカーにお会いしたところ「このまま通院してもらうのはよいが、自宅を離れグループホーム(※1)に入るのがいいのではないか。」という意見でした。 そこで、地元の保健所に赴いて事情をお話しし、グループホームを何軒か探してもらいましたが「近隣では空きはありません。保健所も『社会復帰教室』を実施していますが、あくまでもサービスです。」とのことで、多少腰が引けてきている感じがしました。 ここまで来たらということで、訪問看護をやっているという地域病院(かなり遠い)を教えてもらい、精神保健福祉士にお会いして事情をお話ししたところ、この病院は地域医療に非常に前向きでした。月1回の訪問看護に加え「この秋に開設予定の当院の通所授産施設でも受入れ可能ですが」と前置しつつ、「あんだんて」(※2)に載っていた対象者の地元の作業所に連絡をとって頂きました。 審判期日ぎりぎりに一人で作業所を訪れました。失礼な話ですが、掘立て小屋に近い建物で15人前後がひしめいて作業などをしています。そこで働くスタッフの方々に事情を説明したところ、その寛い心と高い志に感銘を受け、すぐ本人の見学予約を入れてもらいました。その後、対象者に面会し、外出許可をとって見学に行かせることとしました。 ここでタイムリミットとなり、付添人の意見書を提出しました。概要としては、「失調症ではなく本法による医療決定不要」との意見とともに、「@従来の医療機関への通院A地域病院による訪問看護B作業所への通所C地元保健所による社会復帰教室、等の地域医療の組合せによる対応が可能」との理由を述べました。 審判期日が終わり、裁判所からの指示で作業所見学の報告書を提出した後、「本法による医療を行わない」旨の決定が出されました。右往左往した私の付添人活動は終わりました。 しかし、「その後」が心配な私は、まだ、たまに、自宅や作業所に電話を入れて、彼の様子を聞いています。 医療観察法付添に関する総括的な感想ですが、少年付添とは違った粘りと事件本人を理解する姿勢が必要だと思いました。選任から審判まで長めでしたが、それでも50日弱とタイトでした。しかし、弁護士が直接関わることの少ない精神医療や精神保健福祉に携わる方々の熱意と使命感には大いに触発されるところがあり、法の領域においても、抽象的な概念レベルでなく「刑事責任能力とは何か」を改めて考察できる重要な一助となりました。 医療観察法の付添人を是非、意欲のある若い先生方に体験して頂きたいと思います。
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