会報「SOPHIA」 平成18年10月号より

子どもの事件の現場から(53)
子どもの安全をどう守る?
〜被虐待児童の保護と養育への橋渡しにおいて〜

   会 員 舟 橋 民 江

私たち弁護士や医師など、児童の福祉に職務上関係のある者には、児童虐待の早期発見に努めなければならない義務が課されていることはご存じでしょうか(児童虐待防止法5条)。

小学生のAちゃんの場合も、医師から警察を通じて虐待通告がなされました。前歯を折り、口の中を切ったAちゃんが、継母に連れられて病院を受診したのです。顔面には、1週間ほど経過したと思われる痣もありました。継母の話では、父親が暴力を振るったとのこと。医師は、虐待の虞ありと判断し、警察へ連絡。警察から児童相談所へ通告が入りました。午後9時過ぎのことでした。

虐待通告があった場合、児童相談所は、虐待の有無や危険度について調査・判断し(リスクアセスメント)、その後の対応を決定します。警察が父親を呼び出して事情を聴くとのことだったので、児童相談所職員は警察署に向かいました。父親から話を聞くことができたときには、夜の12時を過ぎていました。

父親は、Aちゃんが嘘をつくので暴力を振るったと話しました。「嘘をつくのが悪い。」「体罰は必要。」子どもなりに嘘をつく理由があるのでは?という問い掛けにも、父親は耳を貸そうとしませんでした。

翌日、児童相談所職員は、Aちゃんの学校を訪問し、Aちゃんと面接をしました。「お父さんとは一緒に住みたくない。」

児童相談所は、父親の暴力の危険性及び父親が再び暴力を振るう危険性が高いと判断。その日のうちにAちゃんを一時保護しました(児童福祉法33条)。もちろん、Aちゃんの安全を守るため、彼女を保護している場所は、保護者には秘密です。

一時保護により子どもの身体の安全を確保するのは、児童相談所のケースワークの入り口に過ぎません。その後、児童相談所は、関係者から情報を収集したり、子どもとの面接や保護者との面接を繰り返したりして、どのような対応が必要か判断し、適切な措置へとつながなければなりません。保護者へは、虐待にならない安全な方法で子どもを育てよう、そのために児童相談所に関わらせて欲しい、と伝えるのですが、虐待をした保護者との面接は、往々にして困難を極めます。

Aちゃんの父親も、体罰が必要という考えを変えようとしませんでした。自分も体罰を受けて育ったが、それが良かった、とも。継母も、父親の考えを変えること、体罰を防ぐことには、無力のようでした。

児童相談所は、このままの状態でAちゃんを自宅に戻すことは危険である、虐待から守られた安全な施設でAちゃんが暮らせるようにする必要があると判断。父親に、施設入所(法27条1項3号)の同意を求めました。しかし、父親は頑なにこれを拒否。

そこで、児童相談所は、家庭裁判所に、父親の同意に代わる施設入所承認審判を求めました(法28条)。審判手続においても、父親は体罰を正当化する考えを変えようとはしませんでした。他方、Aちゃんは、「家に帰りたい」という気持ちに揺れたときもありましたが、保護された施設にも慣れ、次第に落ち着いてきていました。結果、Aちゃんの施設入所についての承認審判が出ました。

・・・が、審判書を見て、愕然としました。審判書のAちゃんの住所欄に、彼女が保護されている施設名が書かれていたのです。裁判所へ連絡しましたが、審判書は既に父親へ発送済み、配達を止めることはできない、とのこと。「Aちゃん、ごめん・・・」そんな思いが込み上げましたが、取り返しはつきません。

子どもの安全を守る。それは、大人の責任であり、司法の責任でもあると思います。殊に、虐待を受けた子どもを保護し、新しい生活の場(養育の場)に橋渡しする、そんな場面に関わる家庭裁判所には、子どもの安全を守るための充分な配慮が期待されていると思います。子どもの福祉に関わる者としての責任を、改めて考えさせられました。






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