会報「SOPHIA」 平成18年10月号より

社会保障にあいた穴を埋めよう
日弁連人権擁護大会シンポジウム 第2分科会
−現代日本の貧困と生存権保障−

   会 員 大 辻 美 玲

1 はじめに

釧路における表記シンポジウムには、終了直前時点で719名の参加者を記録する盛況ぶりでした。その内容をご報告します。

生存権に関する基調講演、格差社会の広がりと生活保護受給世帯の増加、海外との比較に引き続き、我が国の生活保護行政をめぐる具体的な事例が、ビデオテープや聴き取りなどをもとに再現されて、紹介されました。

2 現場の対応はこんなにひどいの?

(1) 水際作戦

様々な問題提起がなされる中で、稼動年齢や扶養義務者の存在など、生活保護法4条の補足性要件を厳しく捉えようとする現場の水際作戦の非人道的な対応ぶりには、目を覆いたくなるものがありました。

例えば、生活保護を受けるために10回以上生活保護課に通い詰めたが、何度行っても、職員とは同じ遣り取りの繰り返し。仕事や収入状況など、前回と全く同じことを聞くばかりで、一向に申請書を渡してもらえない。

また、別の人は、睡眠障害で働くことができないのに、保護課から「稼動年齢内なので働ける。」「扶養義務者がいるでしょう。」などと言われて申請を2度却下され、市役所の駐車場で自ら命を絶ちました。

(2) 守るべきものの曖昧さ

また、守られるべき最低の生活に関する合意がないことの弊害も浮き彫りになりました。

身体が不自由で車がないと移動できないある生活保護受給者は、30万キロ走った軽トラックを、腐食部分をキッチンテープで補修して乗っている。その人は、「生活保護受給者が車に乗るなんて、とんでもない」と言って生活保護を打ち切られ、満足に移動すらできず、物も食べられないような状況に陥った。

これでも、文化的な最低限度の生活を保障していると言えるのでしょうか。

3 弁護士の役割は?

それでも、これらの問題を改善するために、弁護士の果たす役割は小さくありません。

配布された資料には、有名な朝日訴訟から、生活保護法4条をめぐる中島学費保険訴訟(最高裁H16.3.16)まで、24にも上る生活保護関連裁判が紹介されています。

4 一歩前へ

最後に、身近に起こりうることとして印象に残っているのは、会場の埼玉の弁護士からの報告です。借金があり、生活再建のために、生活保護を受けてから事務所に来ると約束していた依頼者が、なかなか来所しないため、どうしているかと確認したところ、次のような事実を打ち明けたそうです。

「先生に言われてから、何度も何度も生活保護課に通ったが、生活保護課の職員から働きなさい等と言って追い返されて、生活保護の申請をさせてもらえない。もう、一家で自殺しようかと思っていた。」

ところが、話を聞いて怒り心頭に発した弁護士が依頼者とともに生活保護課に乗り込んだところ、「その事情なら、やむを得ないですね。」とあっさり申請を受理したとのこと。

弁護士曰く、「自分のような、ひよっこ弁護士でも、一緒に行くだけで生活保護課の職員の態度が全く違う。是非、依頼者と一緒に生活保護課へ行って欲しい。」

現在の日本では、実はこんなに単純なことが、保護を受けられずに自殺する人を救っています。ドイツの社会保障の学者が、「日本は漸く社会保障にあいた穴に気付いた。」と言ったそうですが、その穴を埋められるか否かは、私たち法曹が、それぞれ単純な一歩を踏み出せるかにかかっているのかもしれません。






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