会報「SOPHIA」 平成18年6月号より

改正刑訴法・裁判員法講座(16)
次から次へと問題が出てきます
−三庁合同裁判員模擬裁判(公判前整理手続編)−
 

刑事弁護委員会委員・裁判員制度に関する特別委員会委員
濱 嶌 将 周

 7月3日、4日、5日と3日間をかけて三庁合同裁判員模擬裁判が実施されます。それに向けて、5月30日、6月19日、27日の3期日にわたって公判前整理手続が実施されました。今回はその公判前整理手続から特徴的な点をご紹介いたします。
 なお、弁護人は、藤井成俊会員、園田理会員、私の3人が務めています。

2 本件の争点
 本件は、とある公園での日雇労働者らの酒盛りの最中に起こった酒代を巡るトラブルから生じた強盗致傷被告事件です。大きくは、・被告人・共犯者の窃盗ないし強盗の共謀の有無、・被告人・共犯者の事後強盗の共謀の有無、・被告人の被害者に対する暴行の有無、・被告人の検面調書の任意性が争点となっている否認事件です。これまでの模擬裁判にない特徴として、被告人の供述調書の任意性が争われていることが挙げられます。

3 類型証拠開示に関する裁定
 当弁護団は、被害者・目撃者・共犯者の各供述調書、現場にいたことが確実な氏名不詳の日雇労働者らの供述調書もしくは聞き込みの結果を記載したいわゆる地取り捜査報告書、被告人の供述調書、以上の者を立会人とした実況見分調書および取調状況記録書面等、存在が疑われるが検察官より証拠請求されなかったありとあらゆる書証について、検察官に対して類型証拠開示請求をしました。その結果、これらのうち、「存在しない」との回答であったもの以外は、1点を除き、即時にすべて開示されました。
 刑訴法316条の15第1項6号には該当しないとしてただ1点開示されなかった地取り捜査報告書については、裁判所の裁定を仰ぎました(同条項号の該当性の有無の各理由は、検察官の主張につき法曹時報57巻8号43頁以下、当弁護団の主張につき大阪弁護士会裁判員制度実施大阪本部編「コンメンタール公判前整理手続」2005年(株)現代人文社・119頁以下等を是非ご参照ください)。証拠開示についての裁定がなされたのも、今回の模擬裁判が初めてです。
 結果は、開示を命じる決定がなされました。全国的にはむしろ不開示に傾いているとも聞きますので、今後同様の判断が裁判所で定着することを期待したいと思います。もっとも、供述調書作成に至った者以外の者の氏名等は、検察官の意見に配慮して、開示の対象から外されました。今回は開示された地取り捜査報告書が有益なものではなかったので問題になりませんでしたが、これらの者が被告人側に有利な事情を知る可能性があって弁護人がコンタクトを取りたい場合等には障壁となりうるので、この点は今後の検討の対象とされるべきでしょう。

4 合意書面と実況見分調書の指示説明部分
 被害者を立会人とした実況見分調書について、弁護団はこれを不同意とし、ただ後々の証人尋問のことを考えて、公園の現場見取図については、被害者が指示説明した被告人らの位置関係等を除いたごく客観的な物体の位置関係等のみを記載した図面を新たに作成して合意書面化することを提案しました。検察官は、合意書面については消極的であり、あくまで一部同意をするよう要求しました。その後、検察官は、公園内の客観的な物体の位置関係等のみを記載した図面を検察官作成の捜査報告書として新たに請求しました。弁護団は、これについても作成過程が不明であるとして不同意とし、再度合意書面の提案をしました。しかし、やはり検察官はこれに応じず、結局、もともとの実況見分調書について、シナリオになくまったく予定されていなかった刑訴法321条3項の真正立証の証人尋問が急遽なされることになりました。
 弁護団が合意書面にこだわったのは、最高検が合意書面の活用について明確に消極姿勢を示したことへの抵抗という意味もありましたが、弁護人・検察官双方にとって有用な情報を双方に異議のない範囲で証拠化しようというのですから、合意書面こそふさわしいと考えたからです。
 なお、真正立証の証人尋問は、第3回の公判前整理手続期日で行われ、結論としてもともとの実況見分調書が採用されてしまいました。ここで、実況見分調書の「現場供述」(検察官によれば、あくまで「現場指示」だということですが)については、裁判所より、弁護団に対して「証拠等関係カードに供述としては採用せず、証拠としないと明記する」との確認がされ、検察官に対して「裁判員に誤解が生じないように提出方法を検討してほしい」との要請がありました。ただ、検察官の提出方法がいかなるものになるのか、裁判員から完全に誤解を排除しうるとの担保があるのかは不明ですから、被害者の指示説明部分も含めて安易に証拠採用することは、とりわけ裁判員裁判においては最高裁平成17年9月27日決定(判時1910号154頁)の趣旨に照らして慎重であるべきで、この点も検討課題として挙げられるでしょう。

5 公判の進行予定−中間評議
 当弁護団は、直接主義・口頭主義の要請に応えるべく、証人尋問・被告人質問の時間を検討し、その案を裁判所に伝えました。
 しかし、裁判所は、これをおよそ3分の2に短縮した案を示し、今回はこれで実施されることになりました。裁判所の訴訟指揮に弁護団が寄り切られた形になったわけです。
 今回は模擬裁判ということで仕方ない面はありますが、実際の裁判員裁判でも、裁判員への配慮が優先されて弁護人が寄り切られるといった場面が想定されないわけではありません。藤井会員が発した「(証人尋問の時間配分は)交渉ごとではない、事実とは何かに関わる問題だ」という言葉はまさにそのとおりだと思います。
 なお、裁判所が証人尋問等の時間を短縮したがった背景には、裁判員に対する事前説明や各証人尋問ごとの意見交換(中間評議)の時間の確保がありました。そもそも、こういった中間評議等について、裁判員にすべての証拠調べを終えていない段階で心証を固めさせるものになりはしないかが危惧され、これを慎むべきだとの意見も強く、現にアメリカの陪審員裁判では禁止されています。このため、公判前整理手続の本論から外れて、弁護団は、裁判所に対して、中間評議等を公開すること、少なくともビデオ撮影をして事後的検討ができるようにしておくことを求めましたが、裁判所は受け入れてくれませんでした。この点は、次回以降の模擬裁判において、弁護士会として強く要望すべきだと考えます。

 こういったわけで、公判前整理手続に限ってみても、次から次へと問題点が出てきます。裁判員裁判の実施は待ったなしですし、公判前整理手続はすでに一部で始まっています。後で慌てることがないように、今からでも準備を始めましょう。




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