会報「SOPHIA」 平成18年5月号より

刑事弁護人日記(32)
「そんな感じ」ってどんな感じ?


会 員 尾 関 信 也


  1.  弁護士登録をしてまもなく1年半になり、関わった刑事事件も両手では数えられなくなってきた。
     特筆すべき衝撃体験はないが、幸いにも、どれも終わってみればやって良かったなと思えるものばかりであった。
     そこで、今回は捜査段階から関わった少年事件について書いてみたい。


  2.  少年は暴走族の元総長で、事案は共同危険行為の自白事件であった。
     少年に初めて会った時の印象は、暴走族を既に引退して配送の仕事をしており、すっかり落ち着いていて、元総長とは思えないなというものであった。
     ただ、逆に淡々とし過ぎていて何を考えているのかよくわからないという印象も持った。
     その後の接見でも、反省している、後悔しているとは言うものの、具体的な言葉が出てこず、本当に反省してるのかなという感じであった。
     身柄が遠方にあり、接見に行くのに時間がかかるため、こちらも気が急いて、つい「こんな感じ?」と聞いてしまうので、少年も「そんな感じです。」と答えるという会話になってしまっていたのが良くなかったのかもしれない。
     ただ、家庭環境は複雑だが改善の余地があり、就業先も確保されていて、保護観察が予想される事案であったので、特に言葉が少ないことが問題になるとは考えていなかった。


  3.  家裁に送致され、鑑別所へ入ったころには、何度も接見した際の言葉の端々から暴走行為についての反省・後悔の情は十分伝わってきていたが、具体的な言葉が出てこないのは相変わらずであった。
     そんなある日、少年に面会に行くと、少年が調査官から矯正施設に入ってもらうかも知れないよと言われたと聞いた。
     既に連絡を取っていた調査官からは、そんな話は聞いていなかったので、驚いて調査官に面会に行くと、調査官も、私が最初に持った印象と同じく、反省しているのか否か、さらには何を考えているのかさえも判らないことや交友関係が悪いこと(暴走族とのつながり)を問題視しているようであった。
     確かに調査官がいちいち好意的に「こんな感じ?」と聞いてくれるはずもなく、少年は言葉につまって沈黙しているだけのようであった。調査官とどんなことを話したの?と聞いても首をかしげるばかりなので、「こういう事聞かれたんじゃないの?」と聞くと、ここでもやはり「そんな感じです。」というだけで、具体的な反省の言葉がないことについての問題意識もなかった。
     ここから私は「そんな感じ」ってどんな感じなんやろ?と頭を悩ますことになった。


  4.  そんな時、この刑事弁護人日記執筆の話があり(この時は実際には書かなかったが)、何気なく手元にあった会報を手にとって読んでみた。
     平成17年11月号の後藤会員の記事であった。
     その時は会報を書くことに頭が行っていたので、流し読みをしただけであったが、少年と面会に行く電車内で、ふっとこの記事が頭に浮かんできた。
     ここでは詳しく紹介する余裕はないが、「反省・後悔を深める作業としては、現在の自己(A)を行為直前の自己(a)に直面させることから始められるべきである」という内容であった(筆者要約・・し過ぎかも)。


  5.  そこで、面会時に、暴走族とは今後一切関わりを持たないと約束した少年に、
    「ゲームだと思って気楽に考えてみて。暴走を楽しんでいた当時のあなたをAとしよう。で、反省している後悔していると言ってる今のあなたがBね。BはAを暴走族を辞めさせなきゃいけないというノルマを課されたとしよう。どうやって説得する?」
    と問うてみた。
     少し考えた後の少年の答えは、
    「みんなに迷惑を掛けたり、後悔するから辞めた方がいい。」
    というものであった。
     そこで、
    「それに対してAはBに何と言うだろう?」と聞くと、
    「そう簡単には辞められない。もう少しやらせて欲しい。」
    との答えであった。
    「ほれほれ、もっと頑張って説得せんと辞めへんぞー。」
    とけしかけると、少年は、
    「皆に迷惑を掛けて、こういう所に入ったりして絶対後悔するから絶対辞めた方がいい。」
    と少しムキになって答えた。
     ただ、これに対してもう1人の少年Aは、
    「そんなんなってみんとわからん。」
    と言うだろうとのことだった。
    「全然説得できんなー。昔の自分すら説得できんのに、調査官や、ましてや裁判官があなたの反省や後悔を分かってくれると思う?何で説得できんのかな?あなたの言葉が具体的じゃなくて、Aが自分の身に置き換えて考えられないからじゃないの?」
    と言うと、少年はしばらく考えた後、自信なさ気に、ボソッと言った。
    「調査官とかにいろいろ言われて、お母さんには自分の育て方が間違ってたんじゃないかと悲しい思いをさせた。」
     お、いい感じ。
    「じゃあそうやって迷惑を掛けた人ごとにいってみようか。」
    と言うと、
    「勤務先の人には、自分が突然逮捕されたので急いで代わりの人を見つけないといけなくなった。きっと大変だったと思う。」
    「夜間の長距離トラックの仕事をしている同居人には、調査官の調査とかで体を休める昼間の時間を僕のために使わせてしまった。」
    と、具体的でしかも相手の身になっての言葉が出てきた。
    「よく考えられてるじゃん。なぜ今まで言葉に出せなかったのかな?じゃあ最後に社会に対してはどう?あなたは社会のルールを守れなくてこういう事になってるんでしょう?」
     この問いには若干のやり取りを要したが、最終的には、
    「自分も決まった時間に商品を届ける仕事をしているが、自分達が暴走していたことによって、そこを通れなかったドライバーが配送の時間に間に合わなかったかもしれない。自分だったら絶対許せない。やっぱり自分達のしたことは良くなかった。」
    と言ってくれた。
     これは嬉しかった。今までの少年からすると大きな進歩である。しかも、気持ちを言葉にするというだけでなく、このような会話を通じて人の気持ちになって考える作業をしてくれたことが特に嬉しかった。
     一度言葉にしてしまえば、楽になったようであり、その後の調査官面接でもうまく話ができたようだった。
     私が面会に行くといつも思案顔だった調査官からも、「言葉が出るようになって彼は変わりましたね。」という言葉が聞けた。
     処分の結果は保護観察であった。


  6.  今回はたまたま少年事件であったが、コミュニケーションをとりにくい被疑者や被告人に出会うことは多い。
     そういう被疑者らを変わった人だと片付けてしまうのではなく、何度も接見に行って打ち解けると共に、彼らの胸の中にある思いを具体的な言葉として引き出せるように自分自身の持っている「引き出し」を多くしておかないといけないと思わされた事件であった。
     「そんな感じ」と言わせているようではダメなのである。








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