会報「SOPHIA」 平成18年3月号より

裁判員模擬裁判

〜一般公募裁判員による評議・評決について〜

裁判員制度に関する特別委員会
委員 沢 田 貴 人

  1. はじめに
  2.  去る3月11日(土)名古屋市中区所在のテレピアホールにおいて、裁判員模擬裁判が実施された。ご存知のとおり、裁判員制度は2009年からの運用開始を予定しており、適用事件においては職業裁判官に加えて一般から選出された裁判員が裁判官と共に事実認定などに参加する制度である為、裁判員による評議を経た結果の事実認定などがどのようなものになるかが最大の関心事であるものと思われる。

     これまでも、法曹三者共同で複数回に亘って裁判員模擬裁判を実施してきたが、その中でも今回は初めて一般公募によって裁判員参加者を募って実施されたものであったことから、そのようなより実際に近い状態の中において裁判員の間における評議内容がどのようなものとなっていたのかを中心としてご報告したい。

  3. 事案の概要
  4.  先ず、本件において題材とされた事案は、スナック店舗における殺人未遂被告事件であった。事案の詳細については省略するが、実行行為の態様及び殺意の有無が主たる争点となる事案であった。

  5. 裁判員の構成
  6.  同事件を担当する裁判員は、応募のあった138名から6名を選出したものであったが、その構成としては男女の比率が半々であり、また、年齢的に見ても若年層・中年層・高年層がそれぞれ2名ずつと均整をとった形での構成になっていた。

  7. 実際の進行
  8.  そして、実際の進行としては、舞台上に設置されたスクリーンを用いて事案の概要等が説明された後、被害者の尋問、目撃者の尋問、そして被告人質問という順番で証拠調べが実施された。証拠調べの間の裁判員の態度については、まったく動かない人や細かに書き取っている人など区々様々であったが、メモを記載している人が多く見られた。また、証人に対する裁判員からの質問はまったくなされていなかったが、この点は時間の都合で予めそのように予定されていたとのことである。

  9. 評議の内容
  10.  そして、論告・弁論がなされた後、裁判体による評議が行なわれた。

     裁判員裁判における評議に当たっては、裁判長が評議を主宰し整理するものとされており、また、その際においては、裁判員が発言する機会を十分設けるなど配慮しなければならない旨規定されているため、この点についてどのような采配がなされるかが注目された。実際の進行としては、先に各裁判員に感想(?)を述べてもらうということが行なわれていたところ、それ以前には裁判長から特段説明や整理もなされないまま投げかけられていたためか裁判員の感想として述べられたものはかなり抽象的なものとなっていた。また、この段階からどうしても目に見えて分かりやすい殺意の有無のみに焦点がいきがちな傾向が見られた。

     次いで、被告人が被害者を意図的に刺したのかといった実行行為部分の問題についての評議がなされた。当初、裁判長は裁判員による自由な発言を期待していたようだが、横に並ぶ裁判員からはいずれもなかなか切り出しにくい状態であったようで、裁判長のみが話す状態が続いた後、間がもたなくなったのか、左陪席に振るなどしていた。私見ではあるが、報告者の印象としては、裁判員の様子が何か授業中に先生から当てられることを避ける生徒たちのように見えることもあった。

     その後、暫くして裁判員からの発言も見られるようになったが、その際にも、発言をする人が概ね決まった状態になっており、例えば、端にいた男性は積極的に発言をし、自分の中での考えもそれなりに整理することができていることが窺われたが、対照的に反対側にいる同世代の女性については自分からは結局1度も発言がみられないなど、裁判員各人の個性によって理解能力や発言に対する意欲にばらつきが出ることが避けられないということがより鮮明になったように感じられた。

     本来であれば、そのような部分を補充するために、評議を主宰する裁判長から裁判員に対して、一定の争点整理や問題点の把握に関する基本的な情報が提供されるべきであるものとも思われたが、どちらかといえば、全体的に整理がなされないまま各々の感じたことを述べるといった感じになっている印象を受けた。また、裁判官自体も、一般の方に対して分かり易く説明することを苦手とする部分があるのではないかとも思われた。ただ、裁判員の間では、被告人の弁解に沿った行為を実際に演じてみることで自然な行為かどうかを判断しようとしたりもしており、この点は裁判官には見られない行為であると思われた。

     また、全体としては、どうしても分かりやすい包丁の性状や創傷の部位といった要素に目が向きがちになっており、実行行為の態様を確定する前に殺意の有無に関心が移り、また、その際にも被告人の弁解内容や心理状況等を考慮するような側面は余り見られなかった。

     その後、時間が押してきたため、結局事実認定自体は評決に至らず、また、量刑に対する判断も時間的な制約故になすことができないまま終了したが、量刑に関する評議に当たっては、何も基準がないと困るということで、裁判所から一定の資料は示す旨説明されていた。

     以上のような形で評議自体は結局結論には至らないまま約1時間30分で終了した。

  11. 報告者の感想
  12.  冒頭にも述べたように、今回は一般公募による初の模擬裁判であり、裁判員の発言態度等が注目されたが、どちらかといえば、やはり自発的には発言しにくく、また、十分な説明と時間がないままでは整理・検討をすることが難しいことが浮き彫りになったとの感があり、裁判員制度を運用していくに当たっては、裁判所において、上記の点を補完し得るような特段の配慮が必要であると強く感じられた。








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