会報「SOPHIA」 平成18年3月号より

教科「法律」の新設を!


山 本 智 彦

 2002年5月2日、傷害罪で起訴された私は名古屋地方裁判所の被告席に座っていた。

 事件の概略は以下の通り。空手3段でまわりから熱血教師と言われていた私はある日、同僚と酒を飲んだ帰り道に教え子に暴行する数人の男を発見し、殴り倒した結果、1人があごの骨を折る重傷を負い逮捕された。

 弁護側は正当防衛を主張した。被告−「事実は間違いないが、私は生徒を助けるつもりだった」。弁護人−「無罪を主張する」。

 検察側は厳しい姿勢で対抗した。検察官−「異議あり!空手3段のあなたが、人を殴ったらどうなるかわからなかったのか」等々。

 約40分間のやりとりは終わった。

 刑法第204条の傷害罪は、「10年以下の懲役または30万円以下の罰金または科料」と定めている。検察官の求刑は、「懲役1年6月」。はたして判決の結果は・・・

 裁判長−「主文、被告を罰金15万円に処する」。有罪の判決に傍聴席がざわめいた。弁護側は「控訴します。」と声を張り上げ法廷をあとにした。無罪を信じていた私はショックを隠しきれなかった。

 判決を下した裁判長は高校2年生の教え子。その他、検察官・弁護士・書記官・刑務官・傍聴人もすべて本校の2年生約80名が務めた。私たちは、憲法週間行事の一環として行われた模擬裁判に参加したのだ。

 私は商業高校で20年以上「経済活動と法」という科目で法律を教えている。残念ながら生徒達の法律に対するイメージは悪い。そこで授業内容を生徒が興味を持つように工夫するようになった。法律関係のマンガ本や新聞記事の利用、弁護士・検察官・裁判官等の講演会の開催、裁判の傍聴等々。教科書一辺倒の授業では感じられなかった生徒達の意欲の変化が見られ法律知識の必要性も感じるようになってきた。今までの多面的な取り組みの延長線上で模擬裁判への参加となった。

 今回の体験学習は生徒達に良い刺激を与えた。傍聴席にいた生徒達の挙手による判決は有罪・無罪が半々であった。中には正当防衛・過剰防衛・緊急避難などという法律用語まで飛び出した。模擬裁判後に行われた本物の裁判官・検察官・弁護士等との意見交流も裁判所や法律に携わる人々を身近に感じる良い機会となった。この行事は新聞やテレビ等のマスコミにも大きく取り上げられ学校や家庭で話題となり、裁判制度や法律に関心を持つ良い機会となった。行事後の参加者のアンケート結果は・・・模擬裁判に参加して良かった69%、次回も参加したい69%、本物の裁判を傍聴したい73%であり、裁判への関心が高い事がわかった。また、具体的な感想としては、今まで以上に法律に関心を持つようになった、人を裁く難しさを知った、本物の裁判を見たいと思った、本物の裁判官にこのケースは無罪になると聞いてビックリした、裁判所内の緊張感がすごかった、判決は人の人生を左右するので大変であり責任が伴うと思った、等々。

 本校ではこの取り組みを次年度以降も発展的に継続していこうと年間行事にも組み入れ予算も計上したが、残念ながら憲法週間行事として限定的に行われている「模擬裁判」には参加できる団体数が限られ本校は選に漏れ継続行事とすることが出来なかった経緯がある。

 今、私の手元に「平成21年スタート!私の視点、私の感覚、私の言葉で参加します。裁判員制度」というパンフレットがあり、掲示板には相田みつを氏の広報ポスターが貼ってある。でも、職場(教師・生徒)の関心は低い。大切なのは体験的な学習の機会を増やす事ではないだろうか?小中高校生が授業の一環として「模擬裁判」や「裁判員制度」を体験できる受け入れ態勢がどの程度、各裁判所に出来ているのだろうか?私は疑問に思っている。授業の一環として訪れる生徒だけでなく、地域のサークル等が気軽に参加体験できる「模擬裁判」や「裁判員制度」のシステムや受け入れ態勢を早急に作るべきである。また、文部科学省の学習指導要領に法律教育を明記し「模擬裁判」や「裁判員制度」の体験的な内容項目を取り入れるべきだと提言したい。将来的には、最近新設された教科「情報」のように、教科「法律」を新設し裁判所での模擬裁判員実習の必修化を目指すべきだと考える。

 最近の社会では法律を無視した経済活動がまかり通り企業は利益を上げている。経済大国にふさわしい法治国家を作るためには裁判制度や法律に無関心な国民を育ててはいけない。悪質商法に騙されず豊かな経済生活を送るために小学校から体験的な法律教育を導入し裁判員制度の必要性や重要性を理解できる社会人に自分も含め成長していきたい。







行事案内とおしらせ 意見表明