会報「SOPHIA」 平成18年3月号より

刑事弁護人日記(30)
取調べの可視化(録画・録音)の実現を


−ワープロ・ファイルを流用した検察官調書に直面して思うこと−

会 員 藤 井 成 俊

  1. 瓜二つの供述調書
  2. (1)次の二つの文章を読み比べてもらいたい。

    Tクロダイの経費請求部分

     私は、放流経費請求書をM補佐に確認して貰った際に、K課長に一緒に確認してもらったのか、それとも、M補佐からK課長に内容を報告して貰ったのか、今ひとつ記憶がはっきりしませんが、H水産課の責任者はK課長であり、K課長の了解を得なければ、放流経費請求書をD会長に見て貰うことはできません。

     放流経費請求書の作成は、私やM補佐がD会長のために個人的にしていたわけではなく、H水産課としての仕事であり、責任者であるK課長の了解なしで出来ることではありませんでした。

     K課長は、私を通じてM補佐から報告を受けたり、水産課報告書を決裁しておりますので、クロダイ種苗が放流されていないこと等をよく知っているはずであり、私は、この嘘の内容の放流経費請求書を作成することについては、当然K課長の了解を得ているものと思っていました。

    Uクルマエビの経費請求部分

     放流経費請求書をM補佐に確認して貰った際に、K課長に一緒に確認して貰ったのか、それとも、M補佐からK課長に内容を報告して貰ったのか、今ひとつ記憶がはっきりしません。

     しかし、H水産課の責任者はK課長であり、K課長の了解を得なければ、放流経費請求書をD会長に見て貰うことはできませんでした。

     お話ししたとおり、放流経費請求書の作成は、私やM補佐がD会長のために個人的にしていたわけではなく、H水産課としての仕事であり、責任者であるK課長の了解なしで出来ることではありませんでした。

     K課長は、私を通じてM補佐から報告を受けたり、水産課報告書を決裁しておりますので、クルマエビ種苗を陸上水槽だけで中間育成したことや、池の整備工事や清掃が実施されていないこと等をよく知っているはずであり、私は、この嘘の内容の放流経費請求書を作成することについては、当然K課長の了解を得ているものと思っていました。

    (2)これは、ある地方公務員が被告人になった詐欺事件の供述調書からの抜粋である。一読してもらえば分かるように「クロダイ」と「クルマエビ」という言葉が入れ替わっているだけで、重ね合わせられるくらい瓜二つの文章である。

    (3)上記に引用したような瓜二つの記載は、被告人の共謀を認める部下の検察官調書のほぼ全てにあった。同一供述者のものを繰り返し流用したり、他の共犯者のものを流用するというものであった。すなわち、同一供述者の検察官調書をコピー流用した場合や共犯者とされる複数者の調書を相互に使い廻しするなどさまざまで、その数はといえば「星の数ほど」であり、量はといえば並べると6畳間に敷き詰められるほどであった。割合的には3分の2程度がコピー流用が疑われるものであった。

  3. 検察庁、裁判所! いったいどうなってんの?
  4. (1)検察官が、他の検察官が作成した他の共犯者の検察官調書をワープロ入力し、さらにそのワープロ・ファイルを流用して検察官調書を作成するなど異常としか言いようがない。検察官は、供述者の供述を録取するというのではなく、供述者のいない深夜にワープロ操作をしただけのことである。これでは、供述録取書の名に値しない。

    (2)この事件は、公務員の職務行為を詐欺と認定したやや特殊な事件かもしれないが、詐欺事件という点では決して珍しい事件ではない。また、取調べを担当した3人の検察官は、特捜部に属するエリート若手検事であった。

     控訴審であったが検察官2名を証人尋問し、そのうち一人の検事は、他の調書のワープロ・ファイルを流用して調書を作成したことを認めた。

    (3)前掲・の部分はK課長が長期間の入院により勤務を休んでいた時期であった。したがって、この供述は、完全に虚偽であった。すると、・の記載には信用性がないことが明らかであり、それをコピー流用した・の記載の信用性も否定されるのが常識的判断であろう。

     しかし、裁判所は、検察官調書がワープロ・ファイルを流用して作成されたことを認めながらも、その検察官調書の信用性についてはそれを肯認し、被告人との共謀を認めて有罪判決をした。

    (4)私は、ワープロ・ファイルを流用した検察官調書が多数作られ、それが全体の3分の2を占めていたことを心底憂い、驚いた。そして、そのような供述調書に信用性を認めた裁判所の判断に仰天し、刑事裁判に対して絶望を感じた。

  5. 取調べの可視化こそが不可欠
  6. (1)検察官が、供述者の述べたことを録取して調書化するのではなく、他の共犯者とされるものの調書をワープロ入力し、さらにそのワープロ・ファイルを流用して検察官調書を作成しているという現実があることに目を向けなければならない。

     このような作文は、可視化されていない密室だからこそできるのであり、それを改善しないかぎり、他人の調書をワープロ・ファイル化して流用する調書は増え続けるだろう。

    (2)密室での取調べは、真相を解明するものではない。密室であるかぎり、調書に書かれたとおりの供述が実際になされたかは不明である。密室によって、かえって事件の真相が歪められているかもしれないし、本件のように他のワープロ・ファイルを流用して調書が作成されることにもなる。そして、記載されたような供述が実際に行なわれたかについて直接の確認方法がないことから、裁判では調書の内容が真実かどうかについて、水掛け論が長々と続いてしまうことになる。

     供述調書に対する信頼を確保し、「水掛け論」を回避するためには、取調べの可視化(録画・録音)が不可欠である。それは、費用対効果という面から見ても安上がりである。2009年までに実施される予定の裁判員裁判では、密室の中で何が行なわれたかについて時間をかけて審理することなど不可能であるからそれまでに絶対に可視化されなくてはならない。

    (3)欧米(イギリス・オーストラリア・アメリカ・イタリア・カナダなど)及びアジア(香港・台湾・韓国・モンゴルなど)ではすでに取調べの可視化が進められている。取調べの可視化(録画・録音)は、もはや世界的な潮流である。

     取調べの可視化もなく、弁護人の立会いもなく、取調室を完全な密室にし続けているのは、もはや日本だけだといってもよいかもしれない。少し前、日本の刑事捜査・刑事裁判を取材に来たワシントン・タイムズの記者に上記のことを話したら、その記者は目を丸くして、「It’s a barbarian country!」と叫んだ。

    (4)現代社会では、透明性とそれに見合った説明責任が要求される。そのことは犯罪の取調べにおいても同じである。日本が取調べの可視化に背を向け続けるといずれ世界から信用されなくなるかもしれない。








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