会報「SOPHIA」 平成18年3月号より

刑事事件での会報記事の悪用


会 員 園 田   理

1 刑事事件で検察官が会報記事を悪用しようとしたとの話を聞いた。

 K会員が弁護人を務める刑事事件で、昨年11月より施行された改正刑訴法に基づく期日間整理手続に付するよう意見を述べたところ、検察官がこれに反対したが、その際検察官が、K会員執筆の会報記事を引用しつつ、K弁護人は公判前整理手続において争点の絞り込みに付き合う義務はないとの見解であり、期日間整理手続に付しても争点整理に資するかどうか疑問であるなどと主張しようとしたという。

2 弁護人を務めていて、被告人から十分に言い分を聞いたつもりでも、公判審理がかなり進んだ段階で「実は…なんです」といった話を聞かされることがある。被告人が『こんなこと言っても意味がない』とか『こんなこと今さら言っても信じてもらえない』とか考えて遠慮してしまっていることがあるのである。また、控訴審の弁護人を務め、一審の弁護人とは異なった視線で事件を眺めてみると、『なぜ一審でこの点を争わず認めてしまっているのだろう』との疑問を抱くこともある。このように、刑事事件において安易に争点を絞り込むことには、真実を見落とし、被告人の防禦の機会を奪ってしまう危険が孕んでいるのであり、慎重であらねばならない。

 K会員は、公判前整理手続においても「争点の絞り込みに付き合う義務はない」との研修講師の見解につき「誠に正当な指摘と思う」との感想を会報に記した。これはある意味当然のことである。

 また、「争点の明確化」と「争点の絞り込み」とは異なり、被告人側に求められるのは「争点の明確化」であって「争点の絞り込み」ではないとの見解は、自由と正義においても述べられている(2005年3月号65頁)。決してK会員独自の見解などではない。

 かように、検察官が、あたかもK会員が会報で改正刑訴法につき独自の見解を述べたかのように主張したこと自体誤りである。そして、検察官がそのような会報記事を理由にK会員が期日間整理手続に非協力的であるかのような印象を裁判所に与えようとした行為は全く不当である。

3 しかし、会報記事におけるK会員の見解の当否にかかわらず、そもそも検察官が、個別の事件で、弁護人たる会員が会報記事の中で述べたことを持ち出し、当該弁護人を非難するかのような主張をして来たこと自体大いに問題である。

 われわれ刑事弁護人は、憲法、刑訴法で認められている被疑者・被告人の権利を護るために最善の弁護活動を行う責務を負っている。しかし、「かなり絶望的」と指摘され、「わが国の刑事被告人は裁判官による裁判を本当に受けているか」と問われている刑事裁判の現状を前に、一人一人の弁護士の単独の知識・経験でかかる責務を果たすのは困難である。弁護士会内で、会員相互間で、無辜の不処罰を貫くために、被疑者・被告人の権利を誠実に擁護するために、法解釈はどうあるべきか、実務の運用はどうあるべきかを真摯に、率直に語り合い、議論することで、知識・経験を共有することが必要不可欠である。

 会員の会報記事の中での意見を基に当該会員を非難するかのような主張をしようとした検察官の今回の行為は、上記のような当弁護士会内における会員間の刑事弁護に関する真摯な議論に容喙し、会員が憲法や刑訴法で認められている被疑者・被告人の権利を最大限擁護しようと意見を述べるのを萎縮させる効果をも有しかねない。その意味で決して軽視することはできない。

 検察官には、二度とかかる行為のないよう要望する次第である。








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