会報「SOPHIA」 平成18年2月号より

タイ弁護士会倫理研修報告

日弁連外国弁護士及び国際法律業務委員会
副委員長 石 畔 重 次


タイへ
  
アジアで法整備支援をしているABA−Asia(米国法曹協会アジア法部門)に協力して、インドネシア、モンゴルに続き、2006年1月にタイのバンコクで開催されたABA−Asiaとタイ弁護士会主催の弁護士倫理研修会に報告者として参加した。

タイの弁護士
 タイの法曹人口は、裁判官及び検察官がそれぞれ約3,000名、弁護士は約49,000名。ただ、実際に弁護士として開業している者はそのうちの約半数。これまでの日本のように弁護士資格さえ取ればほどほどの生活が保障されるという状況は、タイに限らず海外では少数だ。
 法曹養成についても、日本のような判検弁の統一修習は、極めて貴重な例外と言ってよい。タイも分離修習で、弁護士になるには、大学で学位を取った後、1年間の修習を受ける。そのうち半年は弁護士会で修習し、残りの半年は法律事務所で実務修習を経る。1年の修習終了時に弁護士会の試験を受けるが、合格率はなかなか厳しくて、4人に1人(約25%)。不合格者は1年後の試験に再挑戦し、それも不合格ならまた翌年挑戦しなければならない。
 裁判官は、弁護士や公務員等の経験を経た後に採用試験を受けるので、弁護士よりも地位が高い。駆け出し弁護士の収入は裁判官よりも低い。何年かして経営が軌道に乗ると、ようやく裁判官並になるようだ。
 田舎では仕事も少ないため、タイの弁護士はバンコクに集中している。バンコクでは個人開業事務所は少なく、数人規模の事務所が大半のようであった。弁護士数30〜50名の大規模事務所は約20で、最大規模の事務所は弁護士数100名程度とのこと。

弁護士会
 タイ弁護士会は日弁連のような連合体ではなく、単一の全国組織の弁護士会である。弁護士は、以前は法曹三者からなるタイ法曹協会(Thai Bar Association)に属していた。タイ法曹協会のメンバーは強制加入会員の裁判官、検察官、弁護士と任意加入の大学教授や政府職員で、会長は最高裁長官。当然そこでは弁護士の独立性は無い。
 そのため、独立の弁護士会が長年の懸案であったが、苦労の末、ようやく1985年に弁護士法改正が実現し、独立を果たした。これがタイ弁護士会である。
 ただし、弁護士は弁護士会の会員であるとともに、依然として法曹協会にも属している。なぜか。それは名誉のためだという。法曹協会の名誉会長は国王であり、法曹協会に所属して国王と同様のガウンを法廷で着用するという名誉を捨てがたいというのである。
 なお、弁護士会は、2005年に英語名の表記をThe Law Society of ThailandからThe Lawyers Council of Thailandに変更したが、実体に変化はない(タイ語の表記は従前と同じ)。

弁護士自治
 弁護士会は、規則制定、資格審査、綱紀懲戒等について、後述の法務大臣の関与はあるものの、相当高度の自治権を有している。
 規則制定などの意思決定機関は弁護士会理事会。理事会の議決は法務大臣が覆すことができるが、理事会がさらに3分の2の議決で再可決すれば確定する。
 弁護士会の綱紀懲戒についても、制度上は懲戒を受けた弁護士は法務大臣に異議申し立てをすることができるが、ほとんどの場合に法務大臣は弁護士会の決定を尊重するという。

倫理研修
 研修会では、南カリフォルニア大学のRenteln教授、タイ弁護士会のSitthichoke弁護士倫理委員会委員長、それに私が、アメリカ、タイ、日本の弁護士倫理の概要を報告し、その後に事例に基づいて参加者と意見交換をした。
 タイの弁護士倫理は、司法改革を遂げる前の日本の姿によく似ているように思われた。広告も厳格に禁止されている。
 興味深いのは、日本と同様に、弁護士の品位を害する行為が禁止されていることだ。食えないからといってタクシー運転手をすることもだめだという。

Chulalongkorn大学
 2日間の弁護士会研修会の後は、国立Chulalongkorn大学にRenteln教授と招かれ、国際取引法を学ぶ学生に日米の弁護士事情を説明した。女子大かと思うほど女子学生が多い。ざっと見て9割が女性。法学部を志望した理由を聞くと、社会に出て活躍するための資格を得たいという。モンゴルで、親は女子が自力で生きて行かれるように教育を付けさせるという話を聞いた。それと同じ状況のようだ。

感想
 タイと日本とでは、意外に似ている点が多く、共感を覚えた。
 公害訴訟や民暴対策、当番弁護、過疎地対策などの日弁連の公益活動には、タイ側が関心を持ち、タイでは弁護士の視野が狭い、もっと市民との関わりを考えるべきだとの意見が出された。
 私としては、タイのSitthichoke委員長が弁護士の品位保持を強調していたのが印象的であった。日本と考え方が非常によく似ている。
 しかし、近年の日本は、規制緩和の名の下に、広告解禁、営利業務の自由化など、ことごとく自由競争化しようとしている。その動きが最も急なのがイギリスである。
 しかし、それでよいのだろうかと、何年か、いや何十年か前の日本が持っていた雰囲気を漂わせるタイを訪れて感じた。規制緩和を徹底し、悪徳弁護士は懲戒等で排除する...それで弁護士に対する信頼を維持できるのだろうか。先輩が後輩に「弁護士とはこうやるもんだよ」と、事案を処理しながら肌で伝え、弁護士としての価値観を共有していくことが必要なのではないか。
 タイでは法曹の賄賂の話はあまり聞かなかった。法曹の社会的地位も高いようだ。それは、名誉と品位を重んじる姿勢と無縁ではなかろう(この点では国王の存在感が大きい)。
 満面の笑顔で迎えてくれたSitthichoke委員長らの穏やかな顔を思い出しながら、日本で失われつつあるものがまだ残っているタイを懐かしく思い出す。











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