会報「SOPHIA」 平成18年2月号より |
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子どもの事件の現場から(45)
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@ | AとBがゲームセンターでゲームをしていたところ、財布が置き忘れてあった。 |
A | Bは、Aがとめたにも拘らず、財布を盗って中のお金を抜き、財布はトイレのゴミ箱に捨てた(Bから聞いたとのこと)。 |
B | それから1時間程ゲームをし、帰り道でABは高校生らしい二人組に呼び止められ、「財布を置き忘れたけど知らないか」と聞かれたので、Aは「知らない」と答え、二人は「そうですか」と言って去って行った。 |
C | AとBはその後すぐ別れたが、二人組はBを尾行していたらしく、B一人になったところでBを呼びとめ、Bのカバンを出せと迫った。Bはカバンを出したところ、二人はカバンから定期を取り出して自分のものなのでBが財布を盗った犯人だといった。 |
D | Bは二人にはめられて恐喝されているのを感じたので即、警察に電話した。ほぼ同時に二人は、Bの強い態度に対して窃盗被害として警察に電話した。 |
(1) | 二人とBは警察に 同行し、Bは翌日午前1時頃まで調べられたが頑強に否認した。後日、審判廷で証言したところによれば二人の恐喝まがいの行為が許せなかった、とのことであった。 |
(2) | Aが当事務所を訪れたのは、Bが否認したため既に警察で長時間調べられた後であった。Aは当初否認していたが、結局はやっていない窃盗を「やった」と「自供」した。 |
(3) | 私は自供の理由を聞いて、当初少年に抱いた印象が浅はかだったと悟った。 Aは第1事件の勾留時にヘラヘラしてみせたのは弱味を見せまいとしたためであって、あんな目にあうのは二度と嫌だった、自分なりの虚勢をはっていた、とのことだった。 Aによれば長時間に亘る威迫的な取調べにより、否認すれば逮捕勾留は免れないと思い、それだけは避けたいと思った、とのことだった。又、取調べにあたった警察官は、自白さえすれば「もう来なくてもよいから」と言ったので、その言葉を信用したかった、とのことだった。 |
(4) | Aは当事務所に来た次の日に再度警察に呼ばれているとのことだった。私は翌日が調書作成の日と判断し、仮に逮捕されることとなっても絶対に否認を通して欲しいと強く言い、Aも否認する旨約束して打合わせを終った。 |
(1) | しかし、審判では我々の悩みは杞憂に終った。審判で職権で採用され証人として出廷したBは |
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@ | 盗ったのは自分である。 | |
A | 否認したのは、二人の少年が恐喝だと思い、卑劣な脅しに屈するのが嫌だったからである。 |
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B | Aがやった、と言ったのは、警察が「Aがやった」と言えばそれで終るかのような言い方をしたのでそれを信用したからだ。 |
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C | 今日、再度自分がやったことを認めるのは、自分の嘘によってAが家裁におくられ、やったことにされてしまうことに堪えられないからだ。 |
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と述べた。 私はBの立派な態度に感銘し、審判の最中、涙をこらえるのに苦労した。事前にBへの接触を遠慮した自分が卑屈な感じさえした。自分がBの立場であったら、これ程堂々とした態度をとれただろうか。 |
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(2) | これに対して取調べを担当した警察官の証言は矛盾に満ちており、真実を語ろうとしているとは到底思えなかった。「自分の言い逃れのためにAの運命がどうなるか、考えたことはあるのか」私の怒りは尋問中に爆発し、(たぶん)怒気を含んだ大声になっていたと思う。しかし、担当裁判官は私の乱暴な反対尋問を一切止めないどころか、少年に「警察官の証言を聞いてどう思ったか。『よくもヌケヌケとこんな嘘がつける』と思わなかったか」とまで質問してくれた。 |
(1) | 事件終了後何故Aが嘘の自供をしたのか、落ち着いて考えてみた。威迫や欺罔によって嘘の自供に追い込まれた、というのは型通りの答えで簡単であるが、果たしてそうか?翻ってみると、Aの選択には充分な合理性があるように思われる。 |
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@ | 嘘の自供をすれば、反省の意ありとなって不処分の可能性が高い(驚くことに警察の記録には、保護観察期間中の「犯罪」であるにも拘わらず「不処分相当」の意見が付されていた。)警察は薄々Aが無実だと思っていたのではなかろうか・・・それにしても警察はAとの「約束」を最小限守ったつもりでいるかもしれない。 |
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A | 本当のことを言って否認すれば |
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(a) | 無実となるかもしれないが「不処分」の結論には変わりがなく、リスクを負う意味がない。 |
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(b) | 犯罪あり、となれば反省していないことになる。保護観察中であることを考えると最悪の結論すら考えられる。 こうしたことを考えると、Aが嘘の自供をしたことは損得勘定からいくと非常に合理的である。むしろ私がハイリスク、ノーリターンの作戦を授けたことになる。 帝銀事件、名張毒ブドウ酒事件の例に見るように、「司法を全面的に信用せよ」とはとてもいえない。 |
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(2) | このように考えると嘘の自供を強いられる真の理由は刑訴法の教科書にある「威迫」「欺罔」といったような単純な動機ではないようである。 |
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