会報「SOPHIA」 平成18年2月号より

子どもの事件の現場から(45)

虚偽の自白は合理的?

会員 大 島 真 人


  1. はじめに
     平成17年11月15日、窃盗保護事件付添人として、主文「不処分」、理由中「無罪」の審判を得た。以下に事案の概要と若干の感想を御報告させていただくこととする。なお、本件は榊原顕太郎弁護士との共同受任であり、付添人としての主たる活動は榊原弁護士が行ったものである。

  2. 第1事件
     上記否認事件に先立つ、数箇月前に私達は少年Aの自白事件の付添人を受任し、型通りの処理を行ない、「保護観察相当」の処分を得ていた。Aは高校中退、事件当時無職、事案は自販機荒らしである。
     Aの印象として残っているのは勾留されているにも拘わらず、終始ニコニコとして、丁寧な言葉使いで対応していたことである。私の印象は、「肝が据わっている」というよりは、「現実感がないのでは?」というものであった。また、Aは頭の回転が非常に早く、我々の質問に回答する時には、いつも、我々の期待する回答をしているようであった。
     我々は調査官の意向を聞いて「保護観察相当」との審判言渡後、Aの将来の進路についての希望を聞き、定期的に事務所に遊びに来てもらうこととしていた。Aは、予備校に通って高校と同等の資格を取り、大学へ進学し、法律関係の資格を取りたいとのことだった。

  3. 第2事件
     このようにして第1事件を終えてしばらく後、Aのお父さんが突如事務所を訪れ、「ウチの息子が又盗みをした」ので、引受けて欲しいとのことだった。少年の話の内容は以下の通りであった。
    @ AとBがゲームセンターでゲームをしていたところ、財布が置き忘れてあった。
    A Bは、Aがとめたにも拘らず、財布を盗って中のお金を抜き、財布はトイレのゴミ箱に捨てた(Bから聞いたとのこと)。
    B それから1時間程ゲームをし、帰り道でABは高校生らしい二人組に呼び止められ、「財布を置き忘れたけど知らないか」と聞かれたので、Aは「知らない」と答え、二人は「そうですか」と言って去って行った。
    C AとBはその後すぐ別れたが、二人組はBを尾行していたらしく、B一人になったところでBを呼びとめ、Bのカバンを出せと迫った。Bはカバンを出したところ、二人はカバンから定期を取り出して自分のものなのでBが財布を盗った犯人だといった。
    D Bは二人にはめられて恐喝されているのを感じたので即、警察に電話した。ほぼ同時に二人は、Bの強い態度に対して窃盗被害として警察に電話した。


  4. 第2事件の進展
    (1) 二人とBは警察に 同行し、Bは翌日午前1時頃まで調べられたが頑強に否認した。後日、審判廷で証言したところによれば二人の恐喝まがいの行為が許せなかった、とのことであった。
    (2) Aが当事務所を訪れたのは、Bが否認したため既に警察で長時間調べられた後であった。Aは当初否認していたが、結局はやっていない窃盗を「やった」と「自供」した。
    (3) 私は自供の理由を聞いて、当初少年に抱いた印象が浅はかだったと悟った。
     Aは第1事件の勾留時にヘラヘラしてみせたのは弱味を見せまいとしたためであって、あんな目にあうのは二度と嫌だった、自分なりの虚勢をはっていた、とのことだった。
     Aによれば長時間に亘る威迫的な取調べにより、否認すれば逮捕勾留は免れないと思い、それだけは避けたいと思った、とのことだった。又、取調べにあたった警察官は、自白さえすれば「もう来なくてもよいから」と言ったので、その言葉を信用したかった、とのことだった。
    (4) Aは当事務所に来た次の日に再度警察に呼ばれているとのことだった。私は翌日が調書作成の日と判断し、仮に逮捕されることとなっても絶対に否認を通して欲しいと強く言い、Aも否認する旨約束して打合わせを終った。

  5. どうすべきか?
     取調べ終了後Aと父親を交えて打合わせをしたところ、結局Aは警察官の描いた「絵図」のまま自供し、調書の作成に応じた、とのことだった。
     私はこの話を聞いてAのプライドのなさに怒り狂った。私は、「嘘の自供をして、それで良しとするような人間の事件は引き受けたくない。他をあたってくれ」とまで言い、Aとの間は険悪となった。しかし、Aの父親は私の失礼な態度にも拘わらず、「結論がどうであっても先生にしか依頼するつもりはない」とまで言ってくれた。この間、榊原弁護士は終始冷静であり、結局、引き受けるか引き受けないかを含めて、考えさせて貰うこととした。
     その後、我々は悩んだ挙句、再度Aと両親を呼び、否認を通すことを条件として引受けると述べた。その際、一旦認めているから理由中無罪の可能性は低いこと、理由中有罪であれば「反省の色なし」と受取られて否認料をとられ、結果は、より悪くなるであろうことを説明した。

  6. 処理方針
    しかし、一旦このようにして「否認」で受けることとしたものの、次なる問題があった。それは、我々がBに「裏取り」に行くか、との問題であった。
     Aの話によれば、Bは一旦否認したもののAが嘘の自供をしたことを知ってAに迷惑をかけたと思い、警察に、「実は自分がやった」と申出たとのことであった。
     ところが警察は、前歴のあるAの犯行と決め付け、Bが口裏あわせをしていると思い込み、「お前がAをかばうとAがもっとひどいことになるぞ」と言われたとのことだった。Bは警察の言葉を信じ込み「Aがやった」と警察の「絵図」の通りの供述をした、とのことであった。
     故正木ひろし弁護士であれば、一も二もなくBに裏取りに走ったであろう。榊原弁護士も同意見であった。しかし私は、後日警察から偽証教唆との言い掛かりをつけられることを恐れ、Bへの接触を断念した。結局、Aの運命はBの良心に委ねられることとなった。
     果たして正しい判断であったか、今にして忸怩たる思いである。

  7. 審判
    (1) しかし、審判では我々の悩みは杞憂に終った。審判で職権で採用され証人として出廷したBは
    @ 盗ったのは自分である。
    A 否認したのは、二人の少年が恐喝だと思い、卑劣な脅しに屈するのが嫌だったからである。
    B Aがやった、と言ったのは、警察が「Aがやった」と言えばそれで終るかのような言い方をしたのでそれを信用したからだ。
    C 今日、再度自分がやったことを認めるのは、自分の嘘によってAが家裁におくられ、やったことにされてしまうことに堪えられないからだ。
    と述べた。
    私はBの立派な態度に感銘し、審判の最中、涙をこらえるのに苦労した。事前にBへの接触を遠慮した自分が卑屈な感じさえした。自分がBの立場であったら、これ程堂々とした態度をとれただろうか。

    (2) これに対して取調べを担当した警察官の証言は矛盾に満ちており、真実を語ろうとしているとは到底思えなかった。「自分の言い逃れのためにAの運命がどうなるか、考えたことはあるのか」私の怒りは尋問中に爆発し、(たぶん)怒気を含んだ大声になっていたと思う。しかし、担当裁判官は私の乱暴な反対尋問を一切止めないどころか、少年に「警察官の証言を聞いてどう思ったか。『よくもヌケヌケとこんな嘘がつける』と思わなかったか」とまで質問してくれた。

  8. 若干の感想
    (1) 事件終了後何故Aが嘘の自供をしたのか、落ち着いて考えてみた。威迫や欺罔によって嘘の自供に追い込まれた、というのは型通りの答えで簡単であるが、果たしてそうか?翻ってみると、Aの選択には充分な合理性があるように思われる。
    @ 嘘の自供をすれば、反省の意ありとなって不処分の可能性が高い(驚くことに警察の記録には、保護観察期間中の「犯罪」であるにも拘わらず「不処分相当」の意見が付されていた。)警察は薄々Aが無実だと思っていたのではなかろうか・・・それにしても警察はAとの「約束」を最小限守ったつもりでいるかもしれない。
    A 本当のことを言って否認すれば
    (a) 無実となるかもしれないが「不処分」の結論には変わりがなく、リスクを負う意味がない。
    (b) 犯罪あり、となれば反省していないことになる。保護観察中であることを考えると最悪の結論すら考えられる。
    こうしたことを考えると、Aが嘘の自供をしたことは損得勘定からいくと非常に合理的である。むしろ私がハイリスク、ノーリターンの作戦を授けたことになる。
    帝銀事件、名張毒ブドウ酒事件の例に見るように、「司法を全面的に信用せよ」とはとてもいえない。

    (2) このように考えると嘘の自供を強いられる真の理由は刑訴法の教科書にある「威迫」「欺罔」といったような単純な動機ではないようである。

  9. まとめ
     様々の要因のうちに、「この弁護士を信じてよいか」という要因は間違いなくあると思う。事実、警察は「不処分相当」の意見を付することによって最小限の仁義は守っている(私はそうは思わないが、警察はそう思っているはずである)。
     他方、私は、「偽証教唆」をおそれてBへの接触を回避している。Aが私に不信感を抱き、警察に信頼を寄せる原因を、自分自身で作り出していないだろうか?
     数年先法曹人口が爆発的に増加し、全ての弁護士が生活の心配をしはじめたらどうなるのか。資力もなく、冤罪をかけられた不幸な被告人を救うことが出来る人々は何人程残るのか。経済新聞紙上で大きなお金を動かす弁護士がスター扱いされる世の中には大きな違和感を感じている。







行事案内とおしらせ 意見表明