刑事弁護人日記(28)
我が身を弁護する
この執筆依頼を受けたものの、3年以上弁護士をしてきて会報に載せられるような弁護活動がない。それで、古い記録を見ていたら、弁護士になりたての頃の事件があったので、反省の意味も込めて書くことにした。
1 事案概要
白昼、停車していた他人の車の中から、その車の鍵を持ち去ったという窃盗事案。
2 被疑者の話
当番で出動し、夜8時頃に接見。被疑者の話では、被疑者は日雇い労働者で独り者、仕事が休みで近所の友人宅で昼2時頃から3時間近くお酒を呑んでいた。友人から、煙草を車から取ってくるよう言われ、友人宅の外に出たところ1台の車がとまっていたので、友人の車と思い、煙草を探していた。しかし煙草が見当たらなかった。それで友人宅に戻ろうと思っていたら、車に鍵が付いたままだったので抜いて持って来た、ということであった。
私は、上記の話を聞き、酒を呑んで他人の物と間違えることはよくある、自分でも酔っ払っていたらあり得る話だ、これで窃盗罪になっては酔っぱらいが可哀想だ、などと思い、我が身を助ける思いで受任することにした。
3 弁護活動
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被疑者は、独り者であり、釈放されたときにアパートが解約され、荷物が無くなっていたら大変である。また、被疑者はお金・衣類・煙草などの差入れをして欲しいと言う。それで、当番に行った足で、そのまま大家さん宅へ押しかけ、事情を話して解約しないように頼み込み、了承を得た。そして、部屋を空けてもらうとともに、大家さん立会いで、被疑者の部屋に入った。部屋の中は、私でも汚いなと思う程であり、被疑者の述べるような煙草も財布もなく机の上に散乱していた小銭合計100円余り。また、洗濯してない衣類が散乱していたが、これでも被疑者には必要かと思い、汚れがマシな物だけをバッグに詰め込んで、翌日朝警察に持って行った。汚い衣類を見た留置管理係の警察官には笑われた挙げ句、中身は差し入れてもらえなかった。被疑者宅が遠いためバッグを戻しに行くことができず、汚い衣類の入ったバッグを数日間預かるはめになった。
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A |
雇用主から解雇されて職を失っては釈放されても生きていけない。雇用主と話をすることにした。しかし、正式な名前と連絡先が全く分からない。それで、大家さんや被疑者宅の周囲の人から聞き込みをして、ようやく雇用主の名前が分かった。雇用主の連絡先を調査して、アポを取って会いに行く。雇用主は、被疑者の行動(お酒を呑みすぎての失態)に相当怒っていたが、事情を話して解雇を思い止まってもらうとともに、早く釈放されるよう協力を求め、身柄引受書を作成してもらった。
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B |
接見は毎日とまでは行けなかったが2日に1回程度で行った。取調警察官からは「お酒を呑んでいて…では通用しない」、と怒られ続けている。被疑者から取調状況を聞いているうちに段々自分が怒られているような気になってきた。「警察官の言うとおり認めたら」などと私の口からも出かかったが何とか思い止まり、「真実お酒を呑んでいたために分からない部分があったり、犯行時に勘違いしたのだったら仕方がない。あなたの気持ちはよく分かる。」と言って励まし、とにかく自分の言い分と違う調書にはサインしない様に助言し続けた。
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C |
被疑者の言い分からすると窃盗の故意がなく無罪である。しかし、被害者に迷惑をかけたのは事実なので謝罪の上で宥恕してもらおうと思い、被害者にもアクセスした。被害者の両親を通じて被害者とアポを取り、休日に会いに行った。本来は居るはずの被害者は出掛けてしまっていたため、直接話ができなかった。やむなく両親と話をして、被疑者の謝意を伝えるとともに、恐れていると話していた逆恨みについては自分の責任において絶対にさせないことを伝えた。その後、毎日のように連絡して被害者と直接話そうとしたが、忙しいらしく、全く家にいない。結局、被害者自身と話す機会が持てないまま勾留満期がきた。ただし、被害者の両親から、被害者の許してくれるという意思だけは確認してもらうことができた。
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D |
最後に検察官に会って、無罪であることと被疑者の反省状況、被害者の宥恕の意思などを伝えるとともに、不起訴にすべきという上申書を提出した。
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4 不起訴理由は不明だが、結論は不起訴だった。
被疑者の犯行状況について、自分でも呑み過ぎればあり得ることだ、と考えていた私としては、理由はどうあれ、被疑者が釈放されてほっとした。
被疑者の釈放後のことは分からないが、雇用主に監督され、その後お酒を呑みすぎないようにして、人生を歩んでいると思う。
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