会報「SOPHIA」 平成18年1月号より

平成17年度の人権賞 セーブアフガンチルドレンの会

人権擁護委員会 委員 川口 創


〈「平和のために教育を」 セーブアフガンチルドレンの会に人権賞〉
 愛知県弁護士会人権賞が、今年度は「セーブアフガンチルドレンの会」(代表サーベ・ファタナさん)に決まりました。アフガンの戦災女子孤児への支援などが人権賞にふさわしいと高く評価されたものです。1月25日の授賞式には、代表のサーベ・ファタナさん、事務局長の稲葉一八さん、事務局の須田三恵子さんの3名にご出席頂きました。

(左から、事務局長の稲葉一八さん、代表のサーベ・ファタナさん、事務局の須田三恵子さん)

〈セーブアフガンチルドレンの発足〉
 サーベさんは、夫のガサンファさんが名古屋大学の大学院に留学していたことから1980年に来日し以来日本で生活をしてきました。
 ガサンファさんは2000年、突然亡くなりましたが、内戦下の故郷の戦災孤児が安心して学べる学校を作るという夢を持っていました。 2001年の「アフガン攻撃」をきっかけにサーベさんは夫の夢を実現するには今しかないと思い、2001年12月1日、アフガニスタンの戦災孤児の援助を目的として、周りの知人とともに「セーブアフガンチルドレンの会」を立ち上げました。

〈女児の自立のために〉
 2002年4月ころ、サーベさんは戦災孤児の支援のために実に22年ぶりにアフガニスタンに帰国しました。
 アフガニスタンの首都カブールは、路上生活をしている子ども達が街中にあふれていました。しかし、サーベさんは、その子ども達の全てが男の子で、物乞いに来る子も全て男の子であることに気づき、女児はどうしたのか、と調べました。タリバン政権下の極端なイスラム主義により、女性は学校などにも行かせてもらえていないなど、女性の地位は極端に低くされていたことから、戦災女児もほとんどが親戚の家などに引き取られ、絨毯などを毎朝5時から夜遅くまで作らされていることをサーベさんは知ります。絨毯を編むことによって指にたこができたり、爪がほとんど無くなってしまった子もいました。
 戦災女児達は9才くらいになると、「嫁に行く」との名目で、人身売買の対象として売られてしまうことが多いことも分かりました。
 サーベさんは、アフガニスタンが本当に自立した国になるためにはまず何より教育が大事であり、特に女性が自立できるためにも教育が不可欠である、という思いをもち、戦災女子孤児の支援をしていくことになりました。

〈会の活動〉
 サーベさん達は、2002年には、カブールの仮設事務所を開設し、戦災女子孤児を預かり、教育と生活の支援をする活動を開始します。2005年5月3日には、カブールに戦災女子孤児のための自立教育施設「ウミード」を開所。現在、40人の女児が生活しています。
 また、05年6月には、2人の戦災女児を治療のために来日させました。2人は治療の傍ら名古屋の小学校に元気に通っています。

〈インタビュー〉
―――人権賞の受賞おめでとうございます。
(サーベ)ありがとうございます。会の皆も、この栄誉に歓声を上げ、拍手拍手でした。
 支援者の方達のおかげです。

―――会の活動を始めて5年。振り返って如何ですか。
(サーベ)戦災孤児達は初め、笑うことを知りませんでした。しかし、私たちとともに学び生活する中で、笑顔を覚えました。笑顔を取り戻したのではありません。長い内戦の中で親を失い、子ども達は笑顔を知らずに育ったのです。しかし、今私たちの所に来ている子ども達は皆とても素敵な笑顔です。
(稲葉)私がこの活動に関わったのは、子ども達が安心して寝起きしたり、食べ物の心配がない場を作るということが最初の動機でした。今日寝ても、明日も命があることを認識する。そういうことが出来て初めて子ども達は将来を考えることが出来ます。私も教職に就いてましたので、子どもに明日を信じて学び成長して欲しいと思って取り組んできました。

―――「教育」が活動の柱になっています。
(サーベ)アフガンでは、長い内戦の中で、自分はシーア派だ、あの人はスンニ派だ、あるいはハザラ人だ、パシュトゥン人だという対立があります。ウミードの子ども達も、最初はお互いに対立しあっていました。
 しかし、字を覚え、様々な世界を学ぶことで、互いを理解出来るようになりました。また、何故内戦をしたのかを学び、戦争が国民を守ることにならなかったことも学びました。
 その中で、子ども達は皆互いに姉妹として、人間として尊重しあえるようになりました。 今は皆とても仲が良いです。
 「学ぶ」ということは、違いを理解し合う、互いを尊重するということなのだということを、私自身も改めて認識させられました。
 これが、平和の原点だと実感しています。
(稲葉)アフガンで、ある人からこう質問されました。「学校は何のためにあるのか」と。教職に就いていた私ですが即答出来ませんでした。その人は「平和のためだ」と言いました。
 私も活動をしていく中で、この言葉の重みを実感しています。
(須田)サーベさんがアフガンで男の子から「平和って何」と聞かれたことが突き刺さります。私たちは簡単に「平和」という言葉を使いますが、アフガンでは「平和」ということが当たり前ではないのです。私たちの活動が、アフガンの平和に繋がっていることを信じて活動しています。

―――「教育は平和のために」とても示唆的です。
(須田)支援をしようと思って始めた活動ですが、私たちの方こそ学ばせてもらっていると思っています。
―――今後のことについて教えて下さい。
(稲葉)事務局として心配なのはやはりお金のことです。10年は続けないとやった意味がないと思います。この受賞をきっかけにまた支援の輪が広がっていくことを期待しています。
(サーベ)アフガンは戦災孤児達で溢れています。私たちが関わっている戦災孤児達はほんの一握りにもなりません。
 出来るだけ多くの子ども達に関わりたいという思いもありますが、私たちはむしろ、アフガンの未来を担う人材を育て、そこからさらに自らの手で新しいアフガンを作る人材をどんどん育てていって欲しいと思っています。一時的な支援はその場限りです。教育こそ、国を育てる原点です。
 その実践の一つとして、この春「ウミード」の子どもを一人日本に留学させる予定です。
 その子が日本で学び、日本で得た知識と友好の輪をアフガンに持ち帰り、アフガンの人々のために活躍して欲しいと願っています。

―――素晴らしい活動ですね。今後更に会の支援の輪が広がっていくことを期待しています。ありがとうございました。



《愛知県弁護士会・人権賞とは》
 愛知県弁護士会人権賞は、人権擁護のための地道な活動を続ける人や団体を顕彰するため、平成元年度に創設されたもので、今回が第17回となります。
 候補者の中から受賞者を選考する選考委員会は、学者の方やマスコミ関係者などから5名と弁護士4名の合計9名で構成され、さまざまな視点から意見を交わして選考を行います。







行事案内とおしらせ 意見表明