会報「SOPHIA」 平成17年12月号より

刑事弁護人日記(27)事実の先にあるもの

会 員 高 橋 恭 司
 

  1. 事案
  2.  マンションの駐車場における業務上過失致死事件。被害者は当時小学校1年生の女児。被害者が、加害車両の左後輪付近でしゃがんでいたため、運転手から死角になり、車両発車時に轢かれたという事案です。なお、被告人と被害者は同じマンションの住人です。

  3. 見過ごすか、徹底究明か?
  4.  私は、事故翌日に弁護人に選任されました。被告人には前科・前歴が全く無かったので、執行猶予判決を得る可能性もあると考えていました。  事故後1ヶ月ほどして、被告人の近所の人が「事故当日の昼頃、被害者を見舞いに病院に行ったら、被害者は一般病棟におり、特に手術等の治療を受けた様子ではなかったのに、その日のうちに急に死亡した。」と噂をしているとの情報を得ました。  それを聞き、自分の中に、「もしかして医療過誤だろうか?」との思いと「医療過誤の認定がなくとも執行猶予を得る可能がある事案だから、早く終結したほうが被告人のためでは」という考えが交錯しました。また、「客観的な 裏づけが何もなく、単に近所の人の噂話があるだけで弁護方針を変えるべきなのか?」とも考え、一時はこの噂話を無視しようとも思いましたが、「万一医療過誤があったとしたら、自分がここで見過ごすと、永久に真実が表に出ないかもしれない。」と思い直し、医療過誤の可能性を調べることにしました。  被告人には、「医療過誤を争うと、遺族の被害感情が悪化する可能性が高く、裁判も長引く。医療過誤が認められてもあなた(被告人)の責任がなくなるものではないし、遺族の被害感情も緩和しないかもしれない。もちろん、医療過誤の追及自体が空振りに終わる可能性も十分ある。」と説明し、被告人の了解を得た上で、弁護方針を変更しました。

  5. 証拠保全・鑑定請求
  6.  起訴前(事故から起訴まで1年かかりました)に、担当医師に死因の説明を求めたのですが、守秘義務により空振りに終わりました。そこで、起訴前の証拠保全申し立てをすると、検察庁が証拠保全申立直後に病院に行って関係書類のコピーをとったとの理由により、保全の必要性がないと却下されました。  もっとも、公判では、検察官は手持ちのカルテ等を証拠調べ請求せず、証拠開示請求を経てようやく資料を入手しました。  死因は肝臓損傷による失血死でした。資料入手後数人の医師に意見書の作成を頼みましたが断わられ、正月に岡山まで医師を訪ねて意見書をいただき、鑑定採用に至りました。  鑑定の結果は、「適切な治療を行えば救命の可能性は少なくなかった」とのものでした。

  7. 判決その他
  8.  判決は、執行猶予付の禁錮刑でした。  もっとも、量刑理由では「救命可能性を過大に評価できない」と判示され、医療過誤が量刑に反映されたか否かは不明です。また、起訴から判決まで1年半の歳月がかかりました。さらに、予想通り、遺族には「責任転嫁だ」と非難され、公判後裁判所内で「人殺し」と追いかけられたこともありました。  もちろん、すべて承知の上で弁護しましたし、被害者の無念(記録上、入院から死亡時まで、被害者が体調の異変を訴えるも、肝臓損傷に対する特段の治療は無かった)を晴らしたとの思いもあるのですが、あれでよかったのだろうかと、後味の悪さも残った事件でした。









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