会報「SOPHIA」 平成17年12月号より

モンゴル初の判例集出版

JICAモンゴル法整備支援専門家 会員 田 邊 正 紀
 

 2005年9月28日、モンゴル初の本格的民事判例集の出版記念式典が行われました。長い年月でしたが、やっと一つの目標を達成したと感慨深いものがあります。

 思えば、「モンゴルに判例集を」という思いが芽生えたのは、2003年3月のJICAモンゴル法制度短期調査の際でした。このときの調査でのモンゴル側の反応は、「モンゴルは大陸法系の国だから判例は重要ではない」とか、「モンゴルでは最高裁判所以外が法律の解釈をしてはいけないのだから、判例を公開しても意味がない」などと非常に消極的なものでした。

 2004年3月のモンゴル赴任直後から、判例集出版活動の交渉を開始しましたが、最高裁判所という大きな敵が立ちはだかりました。最高裁判所の言い分の一つ目は「判決を公開することは国民のプライバシーを侵害する」ということであり、二つ目は「最高裁判所には判例集を出版する義務があり、年4回出版される雑誌に民事・刑事1件ずつの判決が掲載されていることで十分判例集の役割を果たしている」というものでした。交渉の過程では、「JICAが勝手に判例集を出版したら法律違反で最高裁判所が訴える」とまで脅されました。

 しかし、2004年7月の総選挙の結果、旧共産党系の政権が与党の座から陥落すると事態は好転し始めました。その頃には、JICAも作戦を変えて、実働は法務内務省傘下の国立法律センターに任せるものの、掲載判決の選択権を最高裁判所に残し、JICAとの3者で行なうプロジェクトとして提案したのです。

 しかし、その頃にはもう一つの敵が現れました。USAID(アメリカの援助機関)です。モンゴルの法律分野では、約10個の支援機関が縄張り争いをしています。USAIDは、得意のPCばら撒きによる縄張り確保作戦に出て、ウェッブサイトを通じてすべての判決を公開するというプロジェクトを最高裁判所へ提案していたのです。しかし、最高裁判所は、「すべての判決の公開」という部分を非常に嫌がり、この点はJICAに軍配が上がりました。

 結局、赴任後1年以上経過した2005年4月1日から100個の民事判決が掲載された判例集を1年間で3冊発行することを目標にプロジェクトがスタートしました。実際のプロジェクトの山は掲載判決の選択でしたが、最高裁判所はのらりくらりと判決の選定を引き伸ばしますので、一時はどうなることかとひやひやしました。しかし、多くの人と喧嘩をしながらも、何とか完成にこぎつけることが出来ました。

 今回JICAの支援で完成した判例集は、各判決に要旨をつけていること、明確な個人情報保護基準を採用していること、裁判官名が実名で掲載されていることなどで、モンゴルの法曹会からは高い評価を得ています。また、JICAは、2005年度中に「判例活用法テキスト」をモンゴル国立大学との協働で出版予定であり、出版した判例集の有効活用にも力を入れる予定です。モンゴルの判例利用は、この1冊の判例集の出版をきっかけに、一気に国際標準へ向かって加速しています。今後も応援よろしくお願いします。

 なお、愛知県弁護士会は、国際特別委員会を中心にモンゴル弁護士会との国際交流協定締結を計画中です。こちらの方も多くの方に参加を呼びかけていく予定です。







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