会報「SOPHIA」 平成17年12月号より

モンゴルの弁護士たちと学んで

国際特別委員会 委員長 林   光 佑
 

 12月8日(木)から12日(月)まで、ウランバートル市にてモンゴル弁護士会の弁護士と5コマ15時間にわたる「調停あっせん制度」の勉強会をしてきた。

 また、この機会を利用してモンゴル弁護士会と当会との協力関係を協議し、裁判所・モンゴル日本大使館・JICAへの訪問、モンゴル国立大学の見学をすることができた。

今回の企画について
  モンゴルには2年前からJICAによる法整備支援の専門家として当会の田邊正紀会員が派遣されている。同氏はモンゴル弁護士会・国立大学・裁判所・法務内務省等の関係者と親密な連繋をとりながら、日本の制度を参考にして、司法制度造りの支援に取り組んでいる。判例集の編さんを初めて実行するなど目にみえる形での成果を挙げている。  同会員の主要な取り組みの一つに弁護士会主催の調停あっせん制度の構築がある。モンゴルでは年30件程を扱う商工会の商事仲裁制度の他は、裁判所での判決と和解手続しかなく、一般市民の実情に合った柔軟で公正な制度の導入が渇望されているからである。  同会員はこの企画を推進するため、モンゴル弁護士会(日弁連に相当。強制加入団体で約950名の会員)と連繋を取りつつ次の活動をしてきた。  ・ 05年2月にモンゴル弁護士会会長らを日弁連に同行して調停あっせん制度と市民法律相談体制の学習会の開催  ・ 同年7月に日弁連国際交流委員会をウランバートル市に迎え、法務関係組織との意見交流とともに弁護士会にて約2時間半の調停セミナーの開催  今回の企画は上記を踏まえて、調停委員としての調停のすすめ方を実務的に研修することにあった。  この研修は日本から1名弁護士を派遣する方法で、同会員の企画をもとにJICAにて予算付けがされた。同会員が06年3月に任期終了しモンゴルを去ること、モンゴル弁護士会はその後も引き続いての協力支援を求めていること、継続性を得るためにはモンゴル弁護士会との継続的組織的な提携を検討している日本国内弁護士会からの派遣が好ましいことの条件があった。  丁度当会に6月に国際特別委員会が設置され、委員である酒井俊皓会員の強力な推進力によってモンゴル弁護士会との提携を模索していたこともあり、当会にお鉢が回ってきたわけである。  同委員会で誰が行くか種々討議したものの、マイナス40度という厳寒の地であることなどから皆尻込みし、「今後の提携話もあるので、まずは委員長が行け」とのことになったものである。


研修について
 モンゴル側の弁護士は、弁護士会会長を含めて20名であった。危惧したことは、15時間も果たして話すことがあるのかということと、モンゴルの実情に無知のままに一方的に基盤の異なる日本の制度を語ることの無意味さであった。  しかし結果からみると、常時親身になって張り付いてくれた田邊会員の助言と国立大学日本語科出身で日本に留学経験もある同会員の秘書ナラ氏の的確な通訳や補充解説の下で、上記の危惧は全くの杞憂となった。  参加者は女性8名を含めて10年近くの弁護士経験者で、元会長・元裁判官・現大学教授・大統領府顧問弁護士など弁護士会の中枢的な人たちであったと思われる。  研修は、日本の司法制度や弁護士会による市民サービス活動の現況から、当会の市民向けのパンフレットを参照して行った。とくに当会のあっせん仲裁に関するパンフレットは手続の流れや費用などについて的確で、もっとも役立った資料である。  参加者は遅刻したり居眠りする者は1人もなく、事あるごとにモンゴルにおける実状を示しつつ質問が重ねられた。モンゴルの弁護士たちの新しい制度造りへの熱意を強く感じることができた。  最後の総括として、模擬あっせんをすることになった。モンゴルの弁護士2名があっせん委員、2名が各当事者、1名が利害関係人参加で約90分の自主的なやりとりであった。それまでの研修の成果が随所に生かされ、かつ当事者の意見相違の論点整理を白板上にて行うなどすばらしい創意工夫がみられた。  なお当会の法律相談が有料であることを述べたところ、「なぜ弁護士が貧しい人から金をとるのか」と不思議がられたことがあった。モンゴルの弁護士たちの弱者への奉仕の念と公共性への自覚の一端を知ることができた。

モンゴル弁護士会
 モンゴル弁護士会は、3階建のビル2階全部を使用し、ウランバートル弁護士会と同居していた。  市民の訪問が頻繁な上、今回の研修を記事にするとして日刊紙が取材に訪れてきた。数日後紙面の半分を占めての記事になり、弁護士会の活動に対する市民の関心の高さを示していた。  会長は4年任期で、弁護士制度を充実させ発展させたいとの意欲に満ちていた。


裁判所
 市中心地の裁判所に弁護士会長の紹介をえて訪問した。突然の訪問であったのに裁判所長は気軽に応対してくれた。約40分の意見交換と法廷見学をしている。  驚いたことは、聞いていた法廷と実際が全くことなりアメリカ式の立派な法廷になっていたことと市民代表席が裁判官に近接して設けられていたことである。  この11月に市内にある裁判所の全法廷がアメリカの支援機関の援助によって一挙に作り代えられたとのことであった。  裁判官はアメリカ留学を原則にしており、司法制度へのアメリカ法の浸透が予想できた。


JICAと外務省大使館
 JICAにおけるモンゴル駐在の神崎所長と森本次長はモンゴルにおける法整備支援の必要性を強調し、大使館の小林参事官も同じ意見であった。  未だ経済基盤が確立せず、貧困な国家予算では旧来からの悪弊が克服できず、法による公平で公正な社会形成が焦眉の課題になっているとの強い認識からと思われた。


おわりに
 楽しくさわやかで充実した研修をもつことができた。  また現地における田邊会員への信頼に接することもできた。なにかあると「タナベさん、タナベさん」と声がかかる。これだけの信頼を勝ちとれたのは、同会員の有能さと積極性とともに、現地の日本弁護士への期待の強さがあると思われる。  当会として田邊会員の活動を承継し、少しでもモンゴル弁護士制度の発展に寄与できればと思う。制度造りに情熱を傾けるモンゴルの人たちとの交流は、弁護士の原点を思い返させ、私たちにも大きな活力を与えてくれるものと思われる。









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