会報「SOPHIA」 平成17年10月号より

《中弁連大会シンポジウム》
なぜ環境政策の決定過程に市民参加が必要なのか?

会 員 濱 嶌 将 周
 

 本年の中弁連シンポは、「自然環境政策と住民参加−住みよい環境を守るために−」をテーマに、基調講演とパネルディスカッションの二本立てで行われました。

  1. 基調講演−オーフス条約というもの
  2.  基調講演は、中下裕子弁護士によるご講演でした。
     ところで、「オーフス条約」をご存じでしょうか。少なくとも私は、今回のシンポに実行委員として関わらせていただいて、初めて耳にしました。
     オーフス条約とは、 (1)環境に関する情報へのアクセス権、(2)意思決定における市民参加、(3)司法へのアクセス権、についての最低基準を定めた条約です。環境政策を決定するにあたり、その初期段階において、住所に関係なく関心ある市民に情報を提供し、政策決定の透明性を確保すること、決定過程の早い段階で市民参加の機会・意見提出の機会を与え、その結果をできるかぎり考慮することなどが規定されています。
     これに対して、わが国の現状は、せいぜい行政側から提案された原案に対して意見書提出や公聴会開催が形だけ認められているだけで、市民の意見の反映という本来の市民参加がほとんど保障されていません。
      このどちらが環境政策決定の姿として理想的なのか。答えとしては明らかに前者だと分かりますが、その理由を説得的に説明するとなると結構難しいように思います。中下先生は、そのあたりのことを歯切れよくお話しされていました。
     ごくかいつまんで書くと…第1に、産業社会文明のいきづまり:大量生産・大量消費・大量廃棄の社会による環境の危機と、近代科学主義・競争と分業の社会により断片化思考が顕著になった心の危機から、新たな持続可能な文明の創造が求められている。その改革の担い手としては、肥大化し閉鎖的で縦割りの行政でも、党益にしばられ官民と癒着した立法でも、細分化して総合的視野に欠ける専門家でもなく、創造性にあふれ柔軟性のある市民がふさわしい。第2に、新たな民主主義の台頭:教育水準が向上し、情報技術が進展したことにより、市民の能力が向上した。他方で、従来の多数決型の間接民主主義には限界が見えている。そこで、正確な情報提供、公平な情報提供、小規模かつ多様なグループの討議、意見の柔軟な変更可能性が前提となった、少数意見の尊重される参加型民主主義が求められている。第3に、環境ガバナンスの登場:環境という公共財の適正配分は不可能であり、市場メカニズムには限界がある。また、立法・行政のみならず、地球公共益・将来世代益を見据えると国家利益を求める主権国家そのものに限界がある。この限界を超えて環境問題を解決するには、市民・科学者・企業・政府などなど多元的で多様性を持った主体が、その役割を認識し、協同して複雑化した政策課題によりよく対応していく必要がある。…というものです。
     そうした市民参加の必要性を直視して採択されたのがオーフス条約です。残念ながら、国連欧州経済委員会で採択されたので、日本は対象外。しかし、この条約が先進的で素晴らしいことには変わりなく、是非日本でも実現しようという動きがあり、中下先生は、そのNGOネットワーク(オーフス・ネット)の事務局長でもあります。
     環境破壊による地球の危機が深刻化している現在、これを回避する持続可能な新たなシステムが求められています。最後に中下先生がおしゃった「危機を招いたのも人間、危機を避けることができるのも人間」という言葉が印象的でした。

  3. パネルディスカッション−市民参加の道は険し
  4.  パネルディスカッションは、中下先生に加え、NPO法人ウェットランド中池見の理事長、三重県環境森林部森林振興室の室長をパネリストに迎え、わが国の環境政策に対する市民参加の現状と展望が議論されました。
     たとえば福井県敦賀市にある中池見湿地の保全にあたって、市民が行政と常に対立してきたこと、行政が市民団体を抵抗勢力と見がちであること、行政の担当職員がころころ代わってしまうことなどの問題点が報告されました。
     他方で、三重県の地域森林計画策定におけるワークショップの開催や霞ヶ浦のアサザプロジェクトなどの先進的な市民参加の報告もありました。しかし、やはり地域限定的なものにとどまっているようで、実質的な市民参加が全国的に広がっているというには程遠い状況のようです。 
     また、市民参加を呼び掛けても市民が集まらない、特定の市民に過重な負担が掛かってしまっている、集まっても活発な意見交換ができないなどの現状も報告されました。この問題を克服するにはファシリテーター(参加者の心の動きや状況を見ながら、実際にプログラムを進行していく人)の力量が重要であり、その育成が問題であることも指摘されました。 
     けっして悲観的ではないものの、わが国の環境政策決定過程における市民参加への道は険しいことを感じさせました。


 オーフス条約にある司法へのアクセスを改善するための活動をはじめ、弁護士が「自然環境政策と住民参加」の問題に取り組む必要性は高く、その期待も大きいものと思います。それにとどまらず、いわば市民に最も近い政策プランナーとして、政策全般に弁護士がかかわっていくことも求められている、そんなことを考えさせるシンポジウムでした。







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