【特集】刑事拘禁制度大改革〜100年前の監獄法が変わる〜
代用監獄を考える
刑事処遇に関する特別委員会
委員 川 本 一 郎
今年、監獄法が約100年ぶりに改正され、その一部である刑事施設と受刑者の処遇等について新しい立法がなされました。次は、残された未決拘禁者の処遇等について改正が行われる予定になっています。
未決拘禁制度の改革について何が問題点となっているのか、司法修習生(A)と指導弁護士(B)に話し合ってもらいました。
【現行法における未決拘禁者の地位】
A
先生、現行法では「未決拘禁者」の収容はどうなっているのですか。
B
未決拘禁者、すなわち捜査・公判段階の身柄確保の目的のために拘禁された被告人及び被疑者は、監獄法上は「監獄」つまり刑
務所の一部である「拘置監」に収容されるものとされている(監獄法1条1項4号)。
これは、監獄法立法当時の財政状況では、受刑者向けの刑務所と、未決拘禁者を収容するための施設とを別々に設置する余裕がな
かったからなんだ。
A
しかし、現在は未決拘禁者を収容するための施設として「拘置所」がありますね。
B
そうだね。未決拘禁者は無罪の推定を受けており、受刑者とは地位が全く異なるから、本来は刑務所の一部ではなく、独立の施設
に収容すべきだということは意識されていた。
そこで、刑務所から独立した「拘置所」「拘置支所」が設置され、未決拘禁者はそこに収容する運用がとられてきた。もっとも現在でも、
刑務所の特別区画に設けられた「拘置場」も一部用いられてはいるけどね。
A
未決拘禁者の収容場所としては、拘置所のほかに、警察の留置場も利用されていますね。警察留置場は、監獄法上どういう位置づ
けになっているのですか。
B
監獄法2条3項は、「警察署に付属する留置場を監獄に代用する」ことを認めている。これを「代用監獄」といい、本来は文字どおり警
察留置場を「監獄」つまり刑務所の代用として用いることを認める規定だ。未決拘禁者を収容する場合には、さらにこれを前記の「拘置
監」として転用していることになる。
A
実際には未決拘禁者はどこに収容されることが多いのですか。
B
無罪の推定を受ける未決拘禁者の地位からすれば、やはり刑務所からも捜査機関からも独立した拘置所に収容すべきだ。
しかし実際には、ほとんど全ての未決拘禁者は、身柄を拘束された直後から警察留置場に勾留されているのが実状だ。拘置所に収
容されるのは、ひととおり捜査が終わった以降という場合が多い。
A
つまり、未決拘禁者は代用監獄へ収容することが原則になってしまっているということなのでしょうか。
B
残念ながらそうだね。しかし、本来は代用監獄への収容は、あくまで例外的な運用でなければならないはずだ。
【現行法における未決拘禁者の地位】
A
代用監獄への収容には、問題があるのでしょうか。
B
被疑者・被告人は、刑事手続上その防御権が保障されなければならない。たとえ身柄を拘束されている場合であっても、その防御
権が制約されてよいことにはならないはずだ。
ところが、代用監獄に収容されるということは、被疑者・被告人の生活全部が捜査機関の手の内にあるということになり、その防御権
は著しく制約されてしまう。
実際、これまで代用監獄への収容が利用されることによって、昼夜を問わない取り調べや自白の強要などがなされ、えん罪やさまざま
な人権侵害が発生してきたんだ。
このように、代用監獄がえん罪の温床であることは間違いないことで、本来は、代用監獄は例外とすべきどころか、廃止されなればな
らないものだと考えられる。
A
えん罪の原因は、捜査機関の取調べの方法などにあるのであって、代用監獄固有の問題ではないのではないでしょうか。いいかえ
れば、捜査が適切に行われさえするのならば、代用監獄に収容してもよいようにも思えるのですが。
B
確かに捜査機関の取調べそれ自体も問題とすべきだ。これに対しては、取調べの可視化、すなわち取調べ状況を録画・録音してお
く制度を導入したり、深夜や長時間にわたる取調べ自体を禁止して、自白の強要などを未然に防止することが必要だ。
しかし、それとは別に、代用監獄の存在そのものによって、自白の強要などの違法捜査が起りやすい状況があることに問題があるん
だよ。
A
しかし現実的には弁護士にとっても代用監獄のほうが拘置所より便利であるとも聞いたことがあります。
B
残念ながらそうだね。しかし、本来は代用監獄への収容は、あくまで例外的な運用でなければならないはずだ。
A
つまり、未決拘禁者は代用監獄へ収容することが原則になってしまっているということなのでしょうか。
B
確かに、接見については、拘置所が平日の昼間のみ接見可能であるのに対し、代用監獄は夜間や土曜日・日曜日にも接見できる
ので、接見の時間を都合しやすいと考えている弁護士が多いのは事実だ。
また、未決拘禁者自身のなかにも、拘置所よりも代用監獄の方が設備等がよかった、移監されたくなかった、という者もいる。
しかし、さっき述べたような代用監獄の弊害は、そのような接見の便宜等の利点を消し去って余りあるほど重大なものなんだ。
また、拘置所と代用監獄にそのような差があるとすれば、それはむしろ拘置所の施設運用に問題があるのであって、代用監獄が優れ
ているわけではないはずだ。例えば、拘置所でも弾力的に夜間や土日の接見を可能とすべきだろうと思う。
A
それでは、今度の法改正では、代用監獄は廃止され、未決拘禁者収容は拘置所に一本化されることになるのですか。
B
日弁連としては、あくまで代用監獄は廃止すべきであると主張している。
しかし、法務省も警察庁も、代用監獄は捜査の適正・迅速な遂行のために有益であり、廃止すべきではないとして、これを存続させよ
うとしている。今度の法改正でも、代用監獄を廃止するどころか、「代用」などではない正規の収容場所として法制化することを求めてくる
ことは間違いないだろう。
A
現実問題としても、現在の未決者数からすると、拘置所だけでは全ての未決拘禁者をまかないきれないようにも思います。
B
その点については、拘置所の施設を速やかに新設・拡張することで対応すべきだが、予算や設置場所の問題もあり、すぐにはでき
ないだろう。それまでの当面の間は、例外的措置として、代用監獄を利用せざるを得ない事情もあることは確かだ。
ただ、当面の間は代用監獄を存続させるにしても、警察署の留置場自体を法務省の管轄下に置き、その管理は法務省職員を派遣し
て行わせる措置を取るなどして、捜査と留置が厳格に分離されるような運用がなされるべきだろうね。また、それはあくまで過渡的な当
面の措置でなければならず、今回の改正によって、警察留置場への未決拘禁者の収容が恒久化するようなことはあってはならない。
A
良い内容の法改正がなされるといいですね。
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