もうシナリオは作らない
〜サマースクール刑事模擬裁判顛末記
法教育特別委員会
委員 魚 住 直 人
1 すべての悪夢は昨年7月30日夜のサマースクール(以下、「SS」と表記する)の打ち上げから始まった。飲み過ぎて調子に乗った私は次年度の刑事模擬裁判のシナリオ作成を宣言してしまったのである。
その直後は、心神耗弱状態での宣言でもあり、見逃していただけるのではないかと甘い期待も抱いていた。しかし、1月になり、SS部会から企画案を提出せよと催促を受け、苦吟の日々が始まった。
2 刑事模擬裁判は今回で3回目である。過去2回は、殺人被告事件であったが、「疑わしきは被告人の利益に」を文言どおり解釈・適用してくれる中高生により、2回とも無罪評決が下されていた。同じパターンではリピーターとなってくれた生徒に申し訳ない。
困った時に先例に頼るのは官僚だけではない。福井弁護士会の報告書に「3匹の子豚殺人(殺狼)事件」なる正当防衛をテーマとしたシナリオが掲載されていた。
3 さて、正当防衛を争点とするにしても舞台設定を考えねばならない。時は初場所、高見盛が土俵上にいた。高木道久先生より細いかなぁと思った瞬間、被告人「高木盛」が誕生した。SSの直前に名古屋場所が行われるので時期的にも都合がよい。
そんな経緯で、被告人高木盛が場所前の稽古中に、ダラけた稽古だと親方に竹刀で何度も殴られ、このままでは殴り殺されると思って、思わず張り手をして親方に怪我を負わせてしまった行為が正当防衛に当たるか否かを争点とすることにした。幸いにして当会には、親方、兄弟子として見栄えのする立派(?)な体格の弁護士がゴマンといる。出演交渉の結果、最終的に井口親方(井口浩治会員)と福庄司(庄司俊哉会員)に被害者、目撃証人をお願いすることとなった。
4 ところが、正当防衛なんて司法試験に合格してから考えたこともない。完全に記憶の彼方である。苦吟のシナリオ作成となった。
当初は、正当防衛の要件を網羅するようなシナリオを考えていたが、そうなると評議時間の制約から中高生の議論がまとまらない。リハーサルの際いただいた出演者の方々のご意見を参考に(鵜呑みにして)、最終的に侵害の「急迫性」と防衛行為の「相当性」のみに争点を絞ることとなった。
5 4回のリハーサルを経て、いざ本番。出演者の方々の熱演により裁判劇が無事終了し、いよいよ中高生による評議となった。
相撲の専門用語が出てくるので事実を理解してもらえるかを心配していたが、杞憂であった。事実を正確に把握した上で、おそらく初
めてであろう正当防衛の要件を、時にはコーディネーターの弁護士が困るほど中高生は真剣に議論してくれた。張り手の瞬間は竹刀を
降ろしていたとしても親方は殴り続ける意思だったのではないか、張り手は已むを得ない行為と言えるのか、熱い議論が続いた。
6 結果的に、評議をした6グループ中4グループ、個人でも69名中51名が有罪という結果となった。弁護士が見れば過剰防衛による
有罪確定の事件であるが、無罪と評決してくれた子がいたことはシナリオライターとして喜ばしい限りであった。
でも、もうシナリオは作らない…。
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