【特集】司法改革のゆくえ(2)裁判員裁判と公判前整理手続
<法曹三者裁判員模擬裁判>
弁護人を体験して
刑事弁護委員会 委員 福 井 秀 剛
1 整理手続まで
公判前整理手続期日(以下「整理手続」)までの間は、一件記録を渡され、事案の検討及び弁護方針の決定、開示を求める証拠、検察官請求証拠に対する意見、弁護側の証明予定事実の主張、弁護側の証拠請求等、検討すべき内容が多くありました。
整理手続のために要した打合せ回数は3回、その前後で記録の精査、検討、書面の作成など膨大な時間と労力を費やすことになりました。検討・準備内容が多く、整理手続は本当に大変であると身をもって実感しました。
整理手続では、弁護側も争点の明確化のため主張しなければなりませんが、それに先立ち検察側から証拠開示を受ける必要があります。これらの証拠が開示されて初めて、有効な弁護方針が立てられるからです。
整理手続における証拠開示について、今回は、一件記録が弁護人らの手元にあるため、弁護人が把握している証拠をどの様に証拠開示をさせるのかに準備の力点がありました。しかし、実際の裁判では具体的にどの様な記録・証拠が検察官のもとにあるのかは弁護側には分からないので、一覧表の提出を求める以前に、手持ち証拠を推測・把握できるようにしていくことが課題になってくると思います。事案に応じて行われる捜査内容、捜査段階で作成される書類なども勉強していかなくてはならないな、と感じました。
また、弁護側の主張について、整理手続の段階でどこまで明示すべきかについても検討を要しました。今回の模擬裁判は、裁判員にわかりやすいよう、争点を絞る、無理筋な主張はしない(「全て争う」はやめる、成立しなさそうな正当防衛等は主張しない)という弁護方針でしたが、これが果たして成功したのか否か、今後様々な事案に応じてどの様に、またどの程度主張していくことが効果的か、研究をしていく必要があるものと思います。
2 整理手続当日
整理手続当日は、事前に提出していた書面に裁判所が目を通しており、(私の中では)比較的淡々と進行した感じでした。
弁護側としては、検察官に対して殺人の実行行為をどこまで特定させるのかという問題と共に、弁護人側が望んでいる証拠開示請求を実践的に行うことができるかが目標でした。
検察官からは、弁護側の求めに対し類型証拠に該当しない旨の主張がなされ、また法律に掲げられた細かな要件を駆使して証拠を提出しないような対応がみられました。予測されたことではありますが、今回の整理手続で、検察官が、証拠開示について積極的に争ってくること、その争い方が見られたことは、今後の研究課題が与えられて良かったのではないかと思います。
また、(模擬裁判ルールにより)公判が1日で終るため、スケジュールが非常にタイトにされてしまい、困ったな、という感じでした。実際の裁判員裁判では、1日で結審か否かは別として、非常にタイトなスケジュールになっていくことは間違いないので、その中で十分な弁護活動をするために如何にスケジュールコントロールをしていくのか、というのも大きな課題ではないかと思います。
3 公判期日まで
公判期日まで、従来の刑事手続でなされてきた準備内容と異なる点は、弁護側冒頭陳述が必要的であること、1日の公判期日で(実際の裁判員裁判でも1、2日が殆どではないかと思われますが)冒頭手続、証拠調べ、論告・弁論までなされること、などでした。
振り返ってみると、公判期日から関与する裁判員に対して、如何に弁護側の主張を印象づけるかを十分に検討・準備しておくことが重要ではないか思います。私たちも冒頭陳述や弁論におけるパワーポイント等の活用により、視覚に訴えてどの程度の効果が期待できるか、どの様なスライドを作成すると効果的か、を検討しました。検察庁がIT技術を駆使してくることが予想されていたので、弁護側としても使用することにしたのですが、私には俄にパワーポイントを使いこなすことは困難でしたので、パワーポイントを修得された稲垣弁護人に頼ってしまう結果となってしまいました。稲垣弁護人談では、「手間がかかりすぎ」だそうです。
今後、パワーポイントなどを有効に活用していくのであれば、その修得や技術的な向上も必要的課題となるかもしれません。
次に、1日で重要証人の反対尋問、被告人質問、情状証人の尋問までしなくてはならず、短い期間の中で準備するのは非常に大変でした。なお、準備のために要した打ち合わせ時間だけで30時間を超えていましたし、打合せ間の個々の弁護人の準備時間も合わせると1人あたり50時間は優に超えていたのが実状です。ちなみに打合せ回数は5回、公判前日(というか当日)の打合せは、午前1時頃まででした。
4 公判期日当日
公判期日当日は、多くの法曹関係者が傍聴されていたので緊張しました。
それはさておき、後の評議から振り返ってみて、公判期日では次のような課題があると思います。
裁判員の評議では、尋問での印象がとても強いようであり、特に鑑定人尋問や被告人質問などでは、マネキンなどを使った裁判員にわかりやすい尋問を如何にして行っていくべきか、細かな事実関係も大事ですが、それよりも如何に弁護人側の主張を印象づけるかが重要課題だと思います。
また、弁論について、事前の準備と当日の時間との制約の中で、供述の信用性等について、どの程度踏み込んで行うかは、今後の課題であると思います。特に、後の評議を見てみると、供述の信用性については殆ど検討することなく、裁判員の間で議論がなされていたからです。
5 評議について
評議を傍聴させてもらって感じたことは、裁判員に「疑わしきは被告人の利益に」、検察官立証は「合理的疑いを容れない程度」まですることが必要、ということをいかに定着させるかが重要だと思います。また、裁判員においては、検察官の冒頭陳述で8割の心証をとってしまうという話すら聞いたことがあり、それが検察官の単なる主張にすぎないことも訴えておく必要があります。上記大原則の重要性をどの様に訴えて裁判員に理解してもらうかは極めて重要であろうと思います。
6 最後に
整理手続の経験や裁判員向けのやり方などを考える機会があり、非常に勉強になりましたし、また様々な問題点が発見できたことはよかったと思います。ただ、今回は弁護人が3人で、かつ被告人が自由の身だったため、十分な打合せとそれに基づく事案検討、対策、書面の作成などができましたが、弁護人が1人で、被告人が拘置所にいた場合を想定するとぞっとしてしまいますね。
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