会報「SOPHIA」 平成17年7月号より |
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【特集】司法改革のゆくえ(2)裁判員裁判と公判前整理手続 刑事弁護委員会 副委員長 北 條 政 郎 1.公判前整理手続(6月9日17時〜) @ 公判前整理手続(改正刑訴法§316の3〜)は本年11月から施行されるもので、争点整理と審理計画の立案を目的とする。今回の模擬裁判では、一回だけ、それも裁判所から冒頭に「1時間半位で」との模擬裁判ルールが示されたうえで行われた。模擬被告人が出頭していたため、人定質問の後、黙秘権の告知が行われた。公判期日ではないから被告人に対して実体的な事項を質問してはならないと考えられているようだが、争点の整理・明確化の観点から、被告人に「事実の認否」を求める場面が出現することが懸念された。 A 訴因罰条の明確化のため弁護人から求釈明がなされた後、検察官証明予定事実記載書・証拠請求書の提出、証拠開示請求と手続が進むが、証拠開示については、類型証拠性など証拠の開示に関する新設規定(§316の13〜)の解釈をめぐるやや緊迫したやり取りがあった。証拠開示が明文化されたことを歓迎する向きもあるが、検察官の対応を見ると、実際の手続でもあらゆる手段、解釈を尽くして証拠開示に応じない姿勢を示してくることを強く予想させた。 B 弁護人が証明予定事実記載書により殺人罪の不成立を主張した後、裁判官から弁護人に対して検察官の証明予定事実に関して求釈明がなされ、弁護人がこれに応じる形で「認否」が行われた。これは、結局、検察官証明予定事実(記載書)に対する認否をするものとの印象であった。裁判官は、争いがなければ誘導尋問も可能だがと更に細かな認否を求めるかのような発言もしていた。 C 証拠整理として、弁護人に対して、書証に対する不同意の趣旨について求釈明がなされ、また乙号証の不同意の理由が問われた。検察官は、在廷する被告人の真意の確認を求める意見を述べたが、被告人と弁護人の信頼関係に踏み込むものとの印象を受けた。次いで証人などの証拠決定がなされ、尋問時間について、一日で終わらせるための時間短縮に苦心して、公判での予定が立てられて手続が終了した。 2.公判手続(6月30日9時30分〜) @ 公判前整理手続の結果を開示の後、検察官の冒頭陳述。プレゼンテーション・ソフトを使って行われ、動画が用いられると予断を与えるなどの危惧もあったが、殆どは説明文字程度であったものの、スクリーンの図面上の赤丸印を移動させての説明は、裁判員に与える印象という点では問題がなくはないと感じた。また、検察官は、被害者を「一郎さん」と「さん」付けで呼び、被害者に対する配慮を窺わせた。凶器の包丁を被告人に確認させる場面では、「これが一郎さんを刺した包丁ですか」との質問について、裁判員に「被告人が包丁で刺した」との印象を与える恐れもあり、慎重な言葉遣いが求められると感じた。 A 鑑定医に対する証人尋問については、裁判員に理解不能その他の理由で不要との感想評価もあるが、尋問をより判り易くするなど工夫の余地はあるものの、刺した・刺さった状況、機序を明らかにし、また現行手続で行われる控訴審のことも考えると、やはり尋問することが正しいと思う。裁判員が証人に直接、質問する場面があったが、質問内容も含めて、評価できると思った。午後からは、被害者の母親が陳述書を提出し、「死刑にして欲しい」と証言した。 B 続いて、被告人質問。検察官の反対尋問では、記憶が不鮮明な者に理詰めで質問して被告人を困惑させるなど問題ある質問が多くあったのが気になった。裁判員からも直接、質問がなされ、市民参加の意義を見る思いがした。ただ、その後の被告人供述証拠の採用等の手続は、裁判員には恐らく理解不能だったと思われるし、刑訴法§328で採用された調書が、その後の評議でどのように役立ったか不明で、調書裁判の問題性を強く感じた。 3.評議(7月1日9時30分から) @ 評議室での評議は、ビデオカメラで9階法廷のスクリーンに写し出され、評議の様子を逐一、見ることができた。裁判官が裁判員の間に一人づつ分散して着席し、お茶の用意もあるなど裁判員が発言し易いようにする配慮がなされていた。評議に先立って、裁判長から評議方法等の一般的な説明があったが、「合理的疑い」原則などの話はなかった。 A 具体的な評議に入る前に裁判員に記名式でa殺意を認定できるか、b多数回刺したかを肯定・否定・未定の三者択一アンケート式で現在の仮の意見として回答させた。答えは、裁判員の多数がひとまず未定というものであった。評議を始めるにあたって、議論の端緒を得るための一つの方法ではある。 B 評議は、裁判長が裁判員の意見を引き出すようにしながら、裁判員が相応に積極的な発言をして進んでいったが、陪席裁判官は殆ど発言しない様子であった。午後になって、殺意を認める意見が大勢を占めるようになったと思われた頃、「過失」を指摘する意見も出され、殺意を認めない方向へいわば揺り戻しのような状況となった。それまでも、裁判長が殺意なしとの意見の裁判員にその意見の中身を詳しく聞こうとしたこともあったが、「揺り戻し」後には、両陪席裁判官が、裁判員に質問したり、論告で指摘された点を指摘したり、「危険性の認識可能性」に言及したりして、乱暴に評すれば、左右陪席裁判官が裁判員に対して殺意がないとは言えないと説得している印象を受けた。その後、裁判長が別の裁判員に質問を向けたが、そのやりとりの中でも殺意があったと見るべき様な説明をしている印象であった。 C 少し休憩をとった後、時間切れで評決となったが、殺意認定を裁判員全員が挙手して肯定した。評議における裁判長の役割については議論があり評価が困難であるが、フランス重罪院(3裁判官と9参審員)では、できる限り参審員に影響を与えないようにする自制放任タイプと誘導的な説明をする誘導タイプ(及びその中間タイプ)の裁判長がおり、前者でも議論に問題があれば意見を述べて軌道修正を図る裁判長もいると言われている。できる限り前者の立場であることが裁判員裁判の成功に資すると思われるが、今回の裁判長は、中間タイプだったと言えようか。 D 評決は、全員が挙手して殺意を認めるものであった。続いて量刑の評議となったが、左陪席裁判官が(恐らく裁判所内部のデータベースから検索した)量刑資料に基づいて説明をし懲役7年の刑となった。 4.最後に |
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