会報「SOPHIA」 平成17年6月号より

【特集】司法改革のゆくえ(その1) 法曹養成は、今

座談会!法科大学院の教育、その理想と現実

―実務家教員、本音を語る!―

 会報編集委員会

1 出席者のご紹介

木下芳宣

南山大学法科大学院において、民事法演習・民事実務演習を担当。

木村良夫 

中京大学法科大学院において、刑事弁護論・情報と法を担当。

榎本 修

愛知大学法科大学院において、民事法総合演習・法文書作成・ローヤリング・民事実務の基礎、そして民法・商法・刑法の補習を担当。

2 本座談会の趣旨説明

司会:皆さん、こんにちは。本日は大変お忙しい中お集まりいただきまして、誠にありがとうございます。それでは座談会を始めます。司会は会報編集委員会委員長の堀龍之が担当します。法科大学院が開校して、1年が過ぎました。そこで、今回は、法科大学院に関与しておられる3人の会員にお越しいただき、法科大学院の教育、その理想と現実をテーマに大いに討論していただきたいと思います。では、本日の趣旨説明をいたします。法科大学院の教育の内容および方法については、司法制度改革審議会意見書において、次の4つのポイントが示されています。
(1) 実務との架橋を強く意識した教育
(2) 双方向的・多方向的な少人数教育
(3) 法科大学院の学生が在学期間中にその課程の履修に専念できるような充実した教育
(4) 厳格な成績評価および修了認定の実効性を担保する仕組みを具体的に講じること。
 そこで、この座談会では、それぞれのポイントについて、ご討論をお願いします。

会報A:何か、堅苦しいですね。せっかくの座談会ですから、多少は脱線しても本音でいきましょう。

3 実務との架橋を強く意識した教育

司会:まず、実務との架橋を強く意識した教育がなされているかについてはいかがでしょうか。

木村:カリキュラム構成では、実務との架橋を強く意識した内容となっています。とくに、1年次からの実務導入科目の配置等、理想に近い姿となっています。しかし、実際には、研究者教員と実務家教員の連携が十分に取れているとは言えない場合もあります。部分的には架橋が実現している科目もあれば、架橋がスムーズに実現していない科目もあるというのが現状でしょう。

司会:研究者教員と実務家教員との連携は、今後どんどん進んでいくのでしょうか。

木村:実務家教員の一部にみられる実務への意識過剰、例えば、1年次から要件事実教育を行うべきだというような姿勢は問題があると考えます。そういう研究者教員と実務家教員の意識のズレも是正していく必要があります。今後、両者のコミュニケーションが少しずつ取れていくことにより、あるべき架橋の姿が見えてくると思われます。3年間は試行錯誤となることは仕方がないというのが私の感想です。

司会:実務との架橋を強く意識した教育という点について、木下弁護士はどのようにお考えですか。

木下:そもそも、どのような教育が実務との架橋になるのか、十分検討する必要があると思います。私たち実務家が実際に行っているような実務を知らしめること、あるいはその基礎的なことを教えることが実務との架橋を強く意識した教育なのか。司法研修所における前期の教育内容と同じことを実践すれば実務を強く意識した教育になるのか。具体的な目的が明確に定められていないと思います。この問題を検討しなければ、「それなりに実務との架橋を強く意識した教育は実行されているだろう」という安易な結論になってしまうのではないでしょうか。教える私が、未だにこのようなところをウロウロしているのは、院生に申し訳ないのですが、迷いつつ進んでいるのが現状です。

司会:実務との架橋を強く意識した教育とは?という根本的な問題について榎本弁護士は、どのようにお考えですか。

榎本:審議会意見書では法科大学院で「実務との架橋」を行うとされているのではなく、「実務との架橋を強く意識した教育」を行うとされています。また、この架橋とは、実務から研究・教育の現場への一方的な架橋でもなければ、研究・教育の現場から実務への一方的な架橋でもありません。架橋は一本橋でもありません。何本もの橋を架ける必要があります。それは、実務家教員と研究者教員との相互理解ないしは相互交流によってなされるものです。そして、そのような観点から、カリキュラム構成や実際の授業でも実務との架橋は強く意識されている、と思います。

木下:いずれにしても、実務との架橋を強く意識した教育をする以上、実務関連教育の具体的あり方、テキスト、参考資料、具体的到達目的などを、もっと明確にすべきです。ある意味では共通認識にすべきだと思います。でも、「誰がそのようなことをするの」といわれると、きっと誰もしないでしょうね。

司会:実務との架橋を強く意識した教育を行うに当たり、教育の現場でのご苦労はあるのでしょうか。

木下:かなり苦労しています。1回の講義が90分、半期15回の講義で一つのサイクルが終了します。実際に講義を担当してみて分かったことは、この時間だけでは、教えられる内容は非常に少ないということです。たとえば、民事実務関係で半期15回の講義で50のポイント(論点ではない)を教えたいと考えて構成しても、上記時間内で教えられることは、せいぜい5分の1程度の感じです。かといって、教えたいポイントを全部説明しては、双方向にならないし、受講生の考える能力を向上させないと批判されます。

司会:とくに私たち実務家は、教育という経験があまりないのが普通ですから、難しいと感じることは多いでしょうね。

木下:人を教育して、その人の能力を向上させることは難しいことだと痛感している昨今です。理想論では(空想論だと最近では思うようになりました)、一定の予習をさせ、そこからのポイントを鋭く講義で指摘し、院生からの激烈な意見が戦わされ、院生はその議論の高まりを実感して体得し、講義を終え、復習して自分のものにする、そして、それを他に応用する、などという項目は立てることができます。しかし、具体的にどのような方策をとり、どのような教え方をすれば、これが現実のものになるのでしょうか。大変難しいと感じています。

4 双方向的・多方向的な少人数教育

司会:次に、双方向的・多方向的な少人数教育の問題ですが、この点については、今の私たちは、自分たちの大学時代のゼミのイメージくらいしか湧きません。いかがですか。

榎本:双方向的というのは、先生と院生、多方向的というのは院生同士という意味です。双方向的・多方向的な少人数教育も概ね実現されていると思います。ただし、すべてを双方向的・多方向的な授業で行うことには無理もあり意味もないように思われます。一定のレクチャースタイルを採り入れることも大切です。とくに、1年次の未修者クラスでは、すべてを双方向的・多方向的に行うことには無理があります。他方3年次のクラスでは相当に活発な双方向的・多方向的な授業が行われています。

木下:双方向的・多方向的な少人数教育は実践されています。しかし、双方向的な教育が教育効果を生むというのは、幻想的なところもあります。とくに、法科大学院のように一定期間内に一定の効果を上げることも求められる場所では、双方向的・多方向的な教育をすることは、一部の院生の能力を飛躍させるかもしれませんが、多数の院生の基礎的な能力を育成しないという面もありそうです。実際には数年間の教育内容と効果の検証を丁寧に実施して、再検討することになりそうです。もっとも、そのような検証もなく、教育方法についての蓄積もないまま、法科大学院制度をスタートさせてしまったのですから、この現状はやむを得ないところだと思います。

司会:双方向的・多方向的であればよいというわけではないのですね。では、この点について、現在直面されている問題はあるのでしょうか。

榎本:「純粋未修」問題があります。この点、法科大学院側の認識に甘さがあったと思います。

司会:「純粋未修」問題といいますと?

榎本:未修者には、法学部を卒業して、ある程度法律の知識を備えた者と他の学部卒で法律の知識がまったくない者がおります。「純粋未修」問題とは、一つには、法律の知識がまったくない者のレベルを、如何にして短い期間で引き上げていくのかという問題です。もう一つは、法律の知識について出発点がまったく異なる両者を、一つの授業で教えていくことの難しさという問題があります。そのようなところで、双方向的・多方向的な授業をするのは大変難しいです。

木村:私も、ただ審議会意見書や文部科学省が・双方向的・多方向的という幻想を多く振りまいて、少し過剰反応が起きているのだと思います。双方向的・多方向的な教育手法については、多くの教員が過剰すぎるくらい意識しており、また実現しようとして工夫していますが、かえって、その意識が過度すぎて授業の実質的効果としてはマイナスの場合もあります。とくに、1年次の基本科目については、その内容および対象者の属性からいって、講義的で一方的な手法を取らざるを得ず、かえって、その方が教育効果が上がると考えられます。したがって、本来的な双方向的・多方向的教育手法は、演習科目・総合演習科目において実現されるべきものであり、実際にも、演習科目においては、双方向的・多方向的教育手法で行われています。
 少人数教育の点については、定員が30名ということもあり、講義形式の授業は、当然に50名以下、演習は、原則として2クラスに分け(民法演習はさらに3クラス編成)、20名以下というあるべき基準を優に満たしており、理想的な状況だと思います。

司会:一つのクラスに色々なレベルの院生が混在しているという困難さがあるとのことですが、厳しい表現ですが、できない院生は切り捨てていかざるを得ないという場面もあるのでしょうか。

木下、木村、榎本:自分の教え子はとてもかわいいです。何とか、合格してほしいと思っています。どの実務家教員も同じ考えだと思います。

5 法科大学院の学生が在学期間中にその課程の履修に専念できるような充実した教育

司会:「プロセス」としての法曹養成制度ということが言われていましたね。その中で、過程を修了した者の内の相当程度(例えば約7〜8割)が新司法試験に合格できるような教育の充実、厳格な成績評価および修了認定ということも言われていました。この点いかがですか。

榎本:授業内容は、従前の法学部教育と較べて、ずいぶん良くなったと思います。しかし、まだ改善の余地はあります。また、修了者の7〜8割が新司法試験に合格できる程度となるかどうかは、(A)各法科大学院がどの程度の修了者を出すのか、という問題と(B)今後新司法試験の合格者数がどうなるか、という2つの変数があり、それによって大きく異なることになるので、何とも言えません。

木村:この問題は、問いそのものが矛盾しています。課程の履修に専念できるということと、新司法試験に合格できるということは、まったく異なるからです。なぜなら、新司法試験自体が法科大学院の理想とされた内容を判定する内容となっていないからであり、当初は「短答はなし」、「選択科目はなし」という方針が採用されていたはずです。法曹として必要な教育を充実しようとすればするほど、新司法試験対策的な教育は後退し、減少するはずだからです。したがって、この問いには、答えようがありません。

会報B:法科大学院において、新司法試験への対策のウエイトが大きくなってきているということでしょうか。

木村:新司法試験自体がこのようにどんどん変質することによって、現実が歪められていくと思います。まず、新司法試験の内容が確定し、安定することが先決です。それによって、各法科大学院の果たすべき教育内容が決まります。もちろん、これは、新司法試験対策という意味ではありません。また、新修習の内容も同時に確定しなければ、その連続性も見えてこないのではないでしょうか。

木下:課程の履修に専念できるような充実した教育といえば聞こえはいいのですが、要するに予習・復習を大量に実施し、講義ではそのエキス部分をうまく取り出して、ポイントを教え、そのポイントを復習することによって、講義では学ばなかった箇所も履修しなさい、ということでしょう。このような講義ができる人は天才的な能力の持ち主だと思います。理想のみ示されて、現実の具体的な教育方法が示されていない状況で、今の院生はよくがんばっていると思います。

司会:課程を修了した者の内の相当程度が新司法試験に合格するといいますが、合格者を3000人程度とすれば、実際問題として、約7〜8割の合格者というわけにはいかないでしょう。また、合格者数の安易な増加については、弁護士側の異論もあるでしょう。そうすると法科大学院を卒業しても新司法試験に合格しない者が当然出てくることになります。この点いかがでしょうか。

木下:今、私たちは、教え子に何とか合格してもらいたい、と日夜がんばっています。その現場にいる実務家教員に、合格しない者が当然出てくるからその対策はないか、と聞かれても、正直言って答えようがないです。現在の法科大学院制度の制度設計をした人に責任をもって対処しなさい、と言いたいです。

会報A:とはいえ、合格しない者が出てくることが確実な以上、今の段階で、何がしかの方策を考える必要があるのではないでしょうか。

榎本:これは大問題です。この制度設計の下では、法科大学院を卒業しても司法試験に合格しない者が相当数生ずることが前提とされています。では、このような者の進路をどのように考えるべきなのでしょうか。法の価値や理念を(少なくとも他の者よりは)相当真剣に勉強した者たちであり、また、能力が高い者も多いです。このような者を有用に社会の中で位置付けていかなければ、「法化社会」へ移行しようとする今日、大きな社会的損失であるように思われます。

司会:具体的に、何かお考えはありますか。

榎本:思いつくままに申し上げます。(1)パラ・リーガルに関する資格制度の確立と法科大学院教育との連携、隣接士業の資格と法科大学院教育との関係の検討、(2)法律事務所の大規模化に伴う法律事務職員、パラ・リーガルの位置付けの向上についての弁護士会としての取組み、(3)法科大学院卒業後、教育・研究職に就く法科大学院卒業生のための弁護士実務研修などが考えられます。(3)については、とくに司法試験に合格せずに研究職に就く者が生じた場合、司法修習の機会なく研究職に就くことになり、これは実務と理論の架橋という点から問題だと思います。

6 厳格な成績評価および修了認定の実効性を担保する仕組み

司会:成績評価および修了認定の実効性を担保する仕組みについてはいかがでしょうか。

榎本:成績評価のガイドラインを作成し公表することを行っています。しかし、最終的には実際に当法科大学院を卒業した者がどのように新司法試験に合格するのかどうかということとも大きく関わり、(相関しないことも考えられる)現時点では確定的な評価はできない状況にあります。

木村:成績評価基準を確定し、公表して、かつ、教授会ならびにカリキュラム委員会で審議しています。しかし、現実には、学生たちにショックや落胆を与えたくないという配慮から、甘い評価となる傾向があることは否めません。ただし、それは、新司法試験の合格率が極めて低く実施されるということが公表されたことから、とくに、法科大学院の修了認定を厳しくしなくても、新司法試験の合否で力が問われればよいという考え方としても、あるいは逆に、当該法科大学院自体における新司法試験の合格率を上げるために、かえって、終了認定を厳しくしたいという反対の考え方としても現れるものだと思います。

7 弁護士会のできること、すべきこと

司会:最後に、弁護士会のできること、すべきことという観点から、榎本弁護士いかがですか。

榎本:従前から言われてきたことですが、これまで(法科大学院導入前の)大学は、法学教育における「初心者の導入教育」に大きく失敗してきています。これは極めて大きな問題です。法科大学院は、大学人や法曹のためにあるのではありません。国民のためにあるべきものです。裁判員制度の施行も迫り、また規制緩和で行政主導の護送船団方式の社会から事後救済(司法救済)へシフトしようとしている近時(その当否は措くとして)、そのような社会に「公正さ」が担保されるためには、まずは国民に「法」や「司法」を理解してもらうことが不可欠です。私個人としては「法教育」との関係が重要だと思っています。

司会:法教育の分野では弁護士会の活躍の場がありそうですね。また、大学や法科大学院における法教育も、国民全体の法教育の中で位置付けるべきということですね。

榎本:はい。もちろん、私の言う法教育とは、決して大学以前に法律の導入教育をしろということではありません。これまでの大学側の「初心者」に対する態度に大きな問題があると思います。法科大学院に入学する者は全国民の中では最も「法律に関心がある者」です。このような者に法律を上手に教えることができずに、「法律の専門家でない一般の人々が、法や司法制度、これらの基礎となっている価値を理解し、法的なものの考え方を身につけるための教育」(平成16年11月4日法務省・法教育研究会「報告書」における「法教育」の定義)ができるとは思えません。大学や法科大学院は、もっと学生・初学者・国民の目線に立った法律教育を行うべきであると思います。
司会:ありがとうございます。木村弁護士、私たちのできること、すべきことという観点からお願いします。

木村:今後、新司法試験に向けての準備はどんどん進んでいくと思います。しかし、新司法試験とは関係がない領域で、必修科目としてあるべき科目の提案や、実務科目として履修すべき科目モデルの提案などは誰も手をつけないでしょう。現在の文部科学省のカリキュラムは法曹実務を十分に理解していないところがあります。私たちが、実務に携わる者としてカリキュラム変革を目指す行動を起こすべきであると思います。

司会:新司法試験の科目も実定法中心となっていますね。

木村:はい。法曹倫理、ロイヤリング、法文書作成等、法曹にとって、もっとも大切であると思われる科目ですら、新司法試験の科目になっていません。また、新司法試験の内容についても、これは良いのか等どんどん発言すべきです。さらに言えば、弁護士会としては、法科大学院の授業の内容に意見していくべきであると思います。実務を一番知っているのは私たちです。「実務との架橋を強く意識した教育」をしていくためには、私たちの力が必要です。例えば、法律的な問題を単に理論や理屈として教えるのではなく、日常生活の場面、例えば、「コンビニでメロンパンを買う」というような場面に落とし込んで、法律問題を考えるというような教材を作るのも良いと思います。

木下:弁護士会に、何を期待すべきなのでしょうか。正直言って、弁護士会に期待することは山ほどあります。しかし、新修習と現修習との受け入れで大変なところへ、法科大学院の教育に必要な教材を作ることは、無理でしょうねぇ。今、名古屋地域にいると、全国の教育内容や、教育レベルがわからなくなっています。とくに実務関係科目の教育内容は法科大学院ごとにバラバラの状況です。そういう意味では、弁護士会が、全国の(とくに関東と関西)教育内容を調査して公開してもらうと、この地域の法科大学院にとっても、ありがたいのです。冒頭に述べたように、全国の法科大学院における実務関係科目の具体的な教育内容について、共通認識となるようなものを示していただけると、本当にありがたいのです。

榎本:先ほどは、少し大きな話をしましたが、具体的な問題としては、第1に、先ほどの木村さんのお話にあったように、実定法科目のみを重視するのではなく、実務系の科目ももっと重視するよう(例えば新司法試験の一部に盛り込むなど)働きかけてほしい。第2に、数年後には、法科大学院を卒業した者が司法試験を合格して実務家になり、当会にも入会するはずです。その彼(女)らからの弁護士としての活動ぶりから感じられた足らない点や良い点を法科大学院にフィードバックしてほしい。法科大学院はそういう形でしか、洗練されてゆかないと思います。最後に、弁護士の皆さんもどんどん法科大学院に遊びに来てほしい。法科大学院は充実した授業を揃え、弁護士の皆さんが来るのを待っています。

司会:本日は大変忙しいところ、誠にありがとうございました。