1 何が司法改革をもたらしたか
(1)我が国の司法の問題点
我が国の司法の問題点として、・社会において司法の果たしている機能が弱いこと、・強固な中央集権的キャリア制が採用されていること、の2点が指摘されてきた。
司法の機能の弱さについては様々な要因が指摘されているが、前近代的あるいは集団主義的風土の存在に加えて、長年にわたって採られてきた「小さな司法政策」の影響が大きいと言われている。政治にとってチェック役である司法が大きな機能を果たすことは好ましくない。護送船団と言われ談合的体質の強かった企業にとっても司法はさほど必要なものではなく、むしろ公害訴訟等のように企業活動に邪魔な存在と認識されていた。
中央集権的キャリア制の弊害については、宮本裁判官再任拒否事件をはじめとして枚挙にいとまがない。映画「日独裁判官物語」を見れば明らかなように、同じキャリア制でも彼我には天と地の違いがある。
(2)司法改革をもたらしたもの
日弁連は、かねてより、市民に開かれ、親しまれ信頼される司法(弁護士)の実現と、司法の民主化を目指して取り組んできた。とくに、90年以降は繰り返し「司法改革宣言」を行って、取り組みを強めてきた。
加えて、90年代に入り、グローバル化と事前規制型社会から事後救済型社会へと言われる社会構造の大きな変化が進行するようになった。これに伴って経済界でも(本流ではなかったが)、これからの社会における司法の役割を重視し、司法の現状を批判する提言が見られるようになった。この「体制内」からの改革要求は大きなインパクトを与え、司法改革を推進する力となった。
また、「90年代は市民的改革要求が前進した10年」(広渡東大教授)でもあり、市民の権利意識の高まりが、これを後押しした。
このように、今次司法改革は、我が国の司法の問題点が、日弁連の運動の上に社会構造の変化等が加わって一挙に顕在化し、奔流のように進行したものであった。
2 司法改革と法曹人口
(1)小さな司法政策と法曹人口
私は昭和43年司法試験合格の23期であるが、昭和38年頃からすでに合格者数は500人であった。その後、40年代の「司法の危機」を経て50年代にはかえって450人に減らされ、増加に転じたのは平成3(91)年頃(600人)からであった。
合格者数が固定されたこの約30年間は、まさに我が国が一直線に高度成長を続け、経済規模が10倍20倍と拡大した時期である。今考えれば、合格者数の固定は、いかにも不自然であったと言わざるを得ない。
「法曹の供給面での制約が社会的紛争を法的手段を通じて解決するというあり方を抑制し、結果において日本社会の法的紛争を少なくしているとも考えられる」(広渡)との指摘のとおり、合格者数の固定化は、我が国の法化を遅らせるとともに、弁護士の業務基盤の形成を阻害し(弁護士も安住してきた)、72条の空洞化(他士業の浸透)と言われる現象をもたらすことにもなったと思われる。
(2)大幅増員とこれからの弁護士
我が国の弁護士は、裁判業務を中心としており、世界的に見ても業務分野が狭いと言われてきた。しかし、増員に伴い、今後は業務分野の多角化が進み、幅広く地域や分野に進出することになる。行政、企業、法科大学院、NPO等で資格を生かして働く弁護士も増えるであろう。また、業務の専門化、高度化も進み、そのことによって新しい法的需要も喚起されると思われる(「自由と正義」本年5月号参照)。現在はツケが一度に来た激変期であり、確実な業務拡大の見通しを提示することは困難であるが、努力をしていけば後追いにしろ基盤は拡大していくと考えられる。
このようにして広く弁護士が浸透し、求められる役割を果たすことは、市民のアクセスを改善し、公正な社会を実現する上で望ましいことである。我々は、「国民が必要とする数を、質を維持しながら確保するよう努める」(日弁連総会決議)との視点に立って、積極的に受け止めていくべきであると思う。
弁護士の大幅増員に対して、均質さの喪失、ビジネス化やアイデンティティの希薄化等が危惧されている。確かに、弁護士が増加し、多様化すれば、その傾向が強まることは避けられない。しかし、だから増やすなということではなく、社会の要請に応えながら危惧が現実化することをできるだけ防ぐ手立て(人権、公益活動の重視等)を検討するという方向で取り組んでいかなければならない。
3 法曹養成と法科大学院
(1)法科大学院設置の理念
法科大学院は、「点からプロセスへ」と言われるように、これまで我が国に存在しなかった、法曹養成に特化し、理論と実務を架橋した、高度で豊かな教育を行うことを目的とするプロフェッショナルスクールである。
従前のゼネラリスト養成を前提とする法学部教育、予備校の受験テクニックが幅をきかす司法試験等の現状への批判をベースに、質量の両面で法曹養成をより充実させようとするものであり、司法の役割が拡大する時代にふさわしい法曹養成制度として提唱された。
この法科大学院に対しては、規制緩和論者から「新たなボトルネックであり、一発試験で多数合格させ、後はオンザジョブトレーニングをすればよい」として激しい抵抗があり、政界にも大きな影響を与えて審議会意見書が出た後も約半年間作業がストップしたという経緯がある。これを押し切ったのは、「法曹養成は大切だ。これからは、より充実させることが必要だ」という理念であった。
(2)発足して現在
「自由と正義」本年6月号によると、法学部以外の出身者の割合は3分の1を超えており、社会人経験者の割合も高く、また学生は極めて学習熱心とのことである。
しかし、乱立による入学定員と司法試験合格予定数とのミスマッチのため、プロセスによる教育から受験教育への傾斜が危惧されているし、「理論と実務を架橋する教育」の具体化についても手探りの努力が続いている。学費の問題、第三者評価機関、司法修習との関係、大学法学部の今後等検討課題は多い。
率直に言って、改革が余りにも急激に進んだため、現実が追いついていない。法科大学院については、少なくとも数年間試行錯誤の状態が続くと考えられる。しかし、課題が多いからといって否定するのではなく、法科大学院が理念に沿ったものとなり、法曹養成の中核の役割を果たすものとなるよう育てていかなければならない。
4 おわりに
合格者数が3000人になるのは5年後であり、法科大学院についても、発足してまだ1年であって、現時点で「検証」することは到底不可能である。
今次司法改革は、全体として見れば、日弁連が当初から取り組み、社会構造の変化等の中で政治課題となり、激しいせめぎ合い(力関係)の中で、取りあえずの決着となったものである。規制緩和、競争原理だけで説明できるものではない。法曹人口の大幅増員は、弁護士にとって厳しい面があることは事実だが、司法への期待として受け止め、前を向いて積極的に対応していきたいと思う。
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