会報「SOPHIA」 平成17年4月号より

死刑再審の扉開く! 名張毒ぶどう酒事件第7次再審請求審決定


名張事件弁護団
平 松 清 志

1、 はじめに
 やった!再審開始だ!決定書を手にして鈴木泉団長は胸を詰まらせ、小林修弁護人は奥西勝氏と接見して泣きじゃくった。ついに、再審の扉をこじ開けることができた。事件発生から44年、奥西氏の死刑確定から33年目の春である。
 日弁連が支援を始めて31年余り、再審請求は棄却決定の連続であったが、奥西氏も弁護団もこれに挫けることなく闘ってきた。それがようやく実を結んだのである。

2、 事件概要
 三重県名張市の小集落で1961年3月28日に開催された懇親会で、供されたぶどう酒の中に農薬(テップ剤)が混入され5人の女性が死亡し12人が中毒症状で入院するという事件が発生した。奥西氏は事件発生の翌日から連日取り調べを受け、4月2日未明に農薬を入れたことを自白して逮捕された。
 しかし、奥西氏は公判開始後は一貫して否認を貫き、裁判は、1審無罪→2審死刑→最高裁で確定という我が国の戦後刑事裁判史上でも類をみない稀な経過をたどった。

3、 第5次再審の弁護団活動
   第5次再審で弁護団は、土生日大教授の鑑定書を提出し、王冠(四つ足替栓)の表面の痕跡が奥西氏の歯牙によるものとする松倉阪大教授ら三鑑定(いわゆる黒三鑑定)が科学的にみて誤りであり、その中で松倉鑑定は、倍率の違う顕微鏡写真を比較して両者が一致するとした虚偽の鑑定であることを暴露し、本件で唯一の物証を崩すことに成功した。
 ところが、裁判所の結論はいずれも棄却決定で、とりわけ最高裁(特別抗告審)決定では、黒三鑑定の証明力は、大幅に減殺されたことを認めつつも、証拠物の発見経過や発見場所・その形状からみると、犯行の場所は公民館囲炉裏の間であって、公民館に運ばれる前に毒物が混入された可能性を示唆する「ぶどう酒到着時刻問題」を検討するまでもなく、奥西氏の犯人性が認められるとした。

4、 最高裁決定を打ち破るために
 物証を崩したにもかかわらず、再審開始を勝ち取ることができず、弁護団には最高裁決定という大きな壁が立ちはだかった。しかも再審請求には、新証拠提出が不可欠である。
 最高裁決定を打ち破るには、証拠物の形状等を見ただけで犯行場所を公民館であるとする判示が誤っていること、黒三鑑定の残された証明力を木っ端みじんに打ち砕くことが必要であった。
 弁護団は、新証拠提出のため、ぶどう酒に嵌められた特殊な複式王冠を複製して、また王冠に巻かれた封かん紙や糊を特定し、各種開栓実験をすることとした。
 複製には数百万円の資金が必要で当会会員の有志からも多額のカンパが集まった。そして、金型作りから材質の特定、業者や金属工学の専門家の探索・打ち合わせのために2年有余の歳月を費やし、第6次再審には、その成果を裁判所に提出することはできなかった。

5、 第7次再審での新証拠提出
 第7次再審では、まず初めに、複製した王冠と封かん紙を使用して、複式王冠は封かん紙を破ることなく開栓し、また閉栓できることをビデオ撮影して証拠提出した(「2度開け実験」という)。
 次に、自白にあるような開栓方法では、証拠物のような封かん紙の形状にならないという実験をし鈴木静岡大教授の鑑定書を提出した。
 さらに、今まで見過ごされてきた四つ足替栓の足のうち一本が極端に折れ曲がっていることに着目し、石川名大教授の有限要素法による解析でこの折れ曲がりは「歯による開栓では形成されない」とする鑑定書を提出した。
 この3つの新証拠を提出した段階で裁判所の動きがあった。

 
6、 16年ぶりの証人尋問
 昨年10月、裁判所は弁護団に対して、石川教授の尋問を行うことを決め日程の調整をしたい、と打診した。第5次再審以来16年ぶりの証人尋問を行うこととなったのである。その際、鈴木泉弁護団長が、犯行に使われた毒物が奥西氏の所持していたニッカリンTとは別のテップ剤であるとする毒物鑑定を準備していることを告げると、裁判所は、至急、証拠提出するよう求めた。
 この毒物問題は、本件毒物がテップ剤であるとした証拠である三重衛生研究所のペーパークロマトグラフ検査結果に、ニッカリンTなら出るべきスポットが検出されていないことに着目した弁護団が、製薬会社や専門家を訪ね回って、その原因を突き止めたものである。
 急遽、提出した佐々木神戸大教授の鑑定は、テップ剤が2種類あり、製法の違いによって副生成物も違ってきて、本件で使われた毒物はニッカリンTとは別の製法のテップ剤であることを、化学理論的に証明したものだった。
 これを実験で立証するために、弁護団はすでに30年以上前に製造・販売が中止されたテップ剤の現物を探し出し、宮川京大教授の研究室に持ち込んで分析してもらった。そして、前記佐々木教授の化学理論による鑑定を実証する宮川鑑定が完成したのである。
 昨年の12月から今年の2月にかけて、石川、佐々木、宮川3教授の鑑定人兼証人尋問が行われた。検察官の反対尋問によっても、鑑定結果は微動だにせず、裁判所の決定を待つことになった。

 
7、 再審開始決定告知
 4月5日、裁判所から決定の通知があった。鈴木団長は、決定書受領の請書に署名するとき、緊張で手が震えた。
 決定には「本件について、再審を開始する。請求人に対する死刑の執行を停止する」とあった。待ちに待った勝利決定であった。
 早速、記者会見に臨んだ鈴木団長は、弁護団の心境を折しも満開の桜花に譬えた。
 再審開始決定は400頁に及ぶもので、新証拠を加えて全証拠を詳細に検討し、総合評価をすれば、確定判決がもはや維持できないことを明快に判示した。今まで見過ごされてきた視点から探求した新証拠に真正面から応えてくれたものであった。
 勝利決定を名張事件弁護団の初代団長であり、今はなき吉田清先生(当会元会長)に是非聞いていただきたかった。

 
8、 おわりに
 本件は、事件発生当時から「第2の帝銀事件」と呼ばれた。奥西氏の死刑確定囚としての在監期間は、すでに帝銀事件の平沢貞通氏のそれを超えた。2年前に胃ガンの手術を経た79歳の奥西氏に残された時間は多くはないが、平沢氏の轍は踏ませない。
 すぐにでも再審公判を開くべきとする世論に背を向けて、検察官は開始決定に異議を申立てた。再審の扉は開いたが、検察官が通せんぼをしているのである。
 弁護団は、今回の再審開始決定に確信を持ち、しかし、気を緩めることなく異議審を闘い、一日も早い再審無罪判決と奥西氏の釈放を目指して全力を挙げる所存である。
 なお、名張事件弁護団は現在総勢25名であるが、うち当会会員は、鈴木泉団長をはじめ、村田武茂、小林修、瀧康暢、村上満宏、稲垣仁史、鬼頭治雄、夏目武志と私、平松の9名である。