会報「SOPHIA」 平成17年4月号より

強盗殺人未遂事件控訴審逆転無罪判決


会員  川 口   創

1、 控訴審無罪判決
 05年3月23日名古屋高裁刑事一部において、被告人A(32歳)の強盗殺人未遂事件につき、一審を破棄しての無罪判決が言い渡された。
 04年6月に控訴審から国選で受任して10ヶ月。11月と12月は毎週証人尋問を行うなど、かなりタイトな進行の中、何とか無罪を出して頂くことが出来た。

2、 事件の「概要」
 本件の検察側の主張する「概要」は下記のとおりである。
 被害者B(中古車販売、43歳)の従業員SがBの利権を独占すべくB殺害を図ろうと知人YにB殺害を依頼。YはさらにKにB殺害の実行犯の確保を委託したところ、KはY及びKの「使い走り」的存在のAに本件の話しを持ちかける。Aは「女のために金が必要」として本件の実行犯を買って出た。そして、犯行日の02年11月15日午前0時過ぎにYとAは犯行予定の現場(被害者Bの駐車場)を初めて確認。一旦YとAは別れた後、午前3時頃、東区で再びY、K、Aは合流。付近のコンビニに立ち寄った後の3時半ころY、KとAとは別々の車で犯行現場に向かった。
 午前4時半ころ、仕事から帰ったBが自車を駐車場に停め、商店街へ出て自宅へ向かって歩き始めた。その直後、AはBに対し鉄パイプで殴りかかり、Bが所持していた現金285万円を奪い、逃走。付近でY、KはK占有のオデッセイで待機。逃走してきたAはこのオデッセイに乗り込み、一宮まで3人で逃走した。一宮でY、KはこのオデッセイをAに譲渡。Y、Kの2人は午前5時半ころ、一宮駅からタクシーに乗って大曽根のYのマンションまで帰宅した。

3、 一審有罪の根拠
   Aが一審で有罪とされた根拠は、共犯者Y、Kが一貫してAを実行犯であると詳細に述べているとして、供述に信用性があるとされたこと、間接事実として、犯行日の11月15日の夜、Aは当時交際していた女性の勤めるキャバクラに出向き、8万円を散財していることが根拠となっていた。加えて、Kが犯行時使用していたオデッセイは実際その後Aが譲り受けている事実なども、重要な間接事実と思われた。
 そのため、他の強盗致傷などの複数の余罪とともに1審名古屋地裁でAは懲役15年の判決を受けた。
 しかし、Aは、強盗致傷などの余罪は全て認めながら、本件強盗殺人未遂事件については「自分は全く犯行に関与していない」として無罪を主張し控訴したのである。

4、 美和弁護士の確信
 Aの一審の結審翌日、本件首謀者とされるSの法廷にAは証人として出頭し、そこでAは無罪を主張した。首謀者Sも犯行を完全に否認しており、S弁護人美和勇夫弁護士はこの時初めて首謀者Sと実行犯A両名がY、Kによって「巻き込まれた」ことを確信された。
 控訴審で受任した私は、美和弁護士の「Aは無罪」との確信に自信を持つことができたおかげで、積極的に弁護活動に取り組むことが出来た。

5、 控訴趣意書
 まず、被害者Bとの面識が全くないAに果たして本件実行が可能であったかという点に着目した。記録の図面上からは判明せず、現場に行って初めて分かったことであるが、Bの駐車場と、犯行現場の商店街との間には2メートル以上の高さの塀があり、犯行現場から駐車場内はほとんど見ることができないことが分かった。Bを知らないAがBを現認するには、小さな出入り口の外から駐車場内を1時間以上覗いている必要がある。その他の不合理な要素なども多々あり、結局Aの犯行は客観的に不可能であると控訴趣意書では力説した。
 また、走行実験などをも行ったり、犯行に至る現場とY、Kの供述の矛盾点を逐一検証していき、控訴趣意書(補充書2まで提出)では最後に「若輩者の私の弁護士生命など価値はないかもしれないが、弁護士生命にかけて無罪」と強く主張した。

 
6、 「共犯者の供述の一致」を崩壊させる
 9月の第一回公判で今後の進行を協議し、集中して証人尋問を行うこととなった。
 証人尋問は、被害者Bから始まり、捜査主任警察官、共犯者Y、K、そしてKの担当捜査官なども尋問した。
 本件ではYが02年2月25日にAを実行犯とする上申書を書き、27日にKが同様の上申書を書いている。Y、K、Sいずれも共犯関係にあるとされながら南署に留置されており、南署内でKはSとよく話していたことを私は掴んでいた。
 そこで、Kの尋問の際、KがSに取調状況等も話していたことを追及し、上申書作成過程も追及したところ、Kは「上申書作成時に捜査官からYの上申書を見せられた」と自白した。
 担当警察官は、その尋問の際にもKがYの上申書を見たことを否定しきれなかった。
 ここで、YとKの供述の一致の信用性が崩壊し無罪判決の大きな決めてとなった。

 
7、 捜査の不自然な不備の追及
 さらに、通常の捜査であれば、犯人性の立証のためにすべき点を丹念に検討し、本件でなされていないこと自体、犯人性に結びつく証拠が無いことの表れだと追及した。
 本件では犯行前、KとAとが携帯でやり取りしていたとしながら、K及びAの携帯の履歴が取られていない点や、Aが現場付近に乗り捨てたとされる車の中の物品の検証が全くなされておらず、指紋採取もなされていないことなども追及した。

 
8、 積極的立証
 さらに、一宮でAがオデッセイを譲り受けた点については、一宮駅構内に入れるタクシー会社は2社だけであることを明らかにし、2社のタクシー全ての犯行当日の乗車履歴を、「Y、Kの供述の信用性に関する証拠」として出した。その乗車履歴には、当日一宮から大曽根まで行ったタクシーは一台もなかったことから、Y、Kの主張が虚偽であることが明らかとなった。

 
9、 「巻き込み」の高度な危険性
 そもそも、03年1月にAの密告により拳銃の所持でY、Kが逮捕されたことに本件の捜査は端を発しており、Y、KによるAに対する巻き込みの恐れが高かった。
 また首謀者Sと実行犯Aが同時に「巻き込」まれたのは、拳銃の入手ルートと使用目的を隠匿するためと私は確信している(Sは現在控訴審で無罪を争っている)。

 
10、 最後に
 無罪判決後、被告人Aから「再度有罪になったら死して無罪を晴らそうと思っていましたが、やはり真実は一つでした。ありがとうございました」との手紙をもらった。弁護士冥利に尽きる思いである。
 この無罪判決は、美和弁護士や1審で頑張られた弁護人をはじめ、多くの方達のお力添えのおかげだと感謝しています。
 今後も地道に刑事事件に取り組んでいこうと思います。