会報「SOPHIA」 平成17年2月号より

刑事弁護人日記 「嘆願書は気に入らないから不同意?」


会員 海田雅史

1、 この度ご報告するのは、国選弁護人として活動した事件で、検察官の対応に疑問を感じた事件です。
2、 事件概要
 被告人は、飲食店に設置されていた門灯を路上に投げつけて割ったという器物損壊罪で起訴されていました。
 そして、第一審では、被告人は、門灯を壊したのは自分ではないと否認していましたが、認められず、有罪判決でした。
 また、被告人が公訴事実を頑強に否認し、反省の態度が微塵もなく、被害弁償も謝罪も一切なされていないため、被告人の刑事責任を軽視できないとして実刑判決だったのです。
3、 接見
   私は、第一審の判決書を読んで、否認事件に対する熱意と不安の入り混じった気持ちでしたが、何はともあれ、被告人に接見して、話を聞いてみなければ何も始まらないと思い、初回接見に臨みました。
 ところが、被告人は、あっさりと、「控訴審では罪を認めます。私がやったと思います。」と言うではありませんか。私は、拍子抜けしながらも、それでよいのかと何度も確認しましたが、答えは同じでした。
 少し意思疎通の難しい被告人ではありましたが、10回ほど接見を重ねるうちに、徐々に信頼関係を築くことができました。
4、 被害者との交渉
 被告人には、親族も含めて、被害弁償のための資力が全くなく、被害者に対してできることは、手紙にて謝罪すること以外にはない状況でした。
 示談や嘆願書を作成してもらうことは絶望的ではありましたが、とりあえず、被害者に対して、被告人の謝罪の手紙を送付し、被害者と話しをしてみました。
 やはり、被害者は、「最初に謝れば、こんなことにはならずに済んだ。」、「もう関わりたくはない。」と強い憤りの言葉を口にし、けんもほろろな状態でした。
 しかし、何度か話を続けた結果、被害者は、被告人が本件を詫び、二度と店に近づかない旨の誓約書を書けば、嘆願書を書いてくれると言ってくれたのです。
 私は、すぐに被告人の誓約書を作成して、被害者に送付し、被害者から嘆願書を得ることができたのです。
 思いもかけず、被害者の嘆願書を得ることができたため、私は、大変喜んでいました。
 しかし、この嘆願書は、訴訟で、日の目を見ることはなかったのです。
5、 検察官が嘆願書を不同意に
 私は、被害者の嘆願書を書証として提出するため、検察官にFAXにて送付しました。
 ところが、検察官の証拠に対する意見は「不同意」。
 私は、まさかと思い、検察官に電話をかけ、被害者に嘆願書について確認をしたのかを尋ねました。
 検察官の回答は、「確認はしていない。」。
 私は、どういうこと?と思い、なぜ確認もせずに不同意なのかを尋ねました。
 検察官の回答は、「気に入らないから不同意です。刑事訴訟法で認められている権利として、反対尋問権を行使するまでです。」。
 私は、「被害者は一審でも証人尋問を受けているし、控訴審でも、嘆願書のために証人尋問するというのは、被害者保護の観点からも適切ではないし、検察官が嘆願書について被害者に確認をしてくれれば済むのではないか。私としては、被害者に証人尋問に出て下さいとはとても言えません。」と訴えました。
 ところが、検察官は、「あなたが、被害者保護だとかを言うな。被害者は、告訴をしているわけだから、最後まで協力するのが当然だ。一審の弁護人だって、気に入らないから不同意にしたわけだろう。」と言うのです。
 検察官の酷い発言に怒りを覚えながらも、これ以上、何を言っても不同意の意見が変わらないことは明らかだったので、私の気持ちは収まりませんでしたが、電話を切りました。
 そこで、被害者の嘆願書についての被告人質問を、当初の打合せよりも詳細にしなければならないと考え、その場でアドリブが利くような被告人ではなかったので、大慌てで接見に走ることになってしまったのです。
6、 控訴審で執行猶予に
 結局、訴訟では、嘆願書が証拠として採用されなかったため、被告人質問の中で、大慌てで打合せをしたとおり、被害者の嘆願書について、詳しく被告人に供述してもらい、被害者からの嘆願書を得た事実を明らかにしました。
 そして、第一審では実刑判決であったものを、控訴審では執行猶予の判決を得ることとができたのです。
 当初から被告人がきちんと被害者に謝罪等をしてさえいれば、事案の内容に鑑みて、通常、起訴すらされない事件なのかも知れません。
 ですから、被告人が犯罪事実を認めて、そのことを反省し、被害者に謝罪しているのであれば、執行猶予判決は当然なのかも知れません。
 とはいえ、この判決は、弁護人として大満足のものでした。
 もっとも、嘆願書に対する検察官の対応には、その場の怒りが去った現在でも、大いに問題があるとの思いが拭い切れません。
 本件事案において、被害者に、嘆願書のためだけに証人尋問の負担をかけることは、あまりに酷です。
 被害者保護の観点からも、「被害者とともに泣く検察」とはまではゆかないまでも、被害者に必要以上に刑事司法が負担をかけることは避けるべきであると思います。
 検察官は、私が被害者の証人尋問を請求するはずなどないと考えていたのでしょうか、どのような意図で、あのような発言をしたのか、はっきりとは分かりませんが、明らかに不適切であると思います。
 実際に弁護活動をしているときは、そこまでは考えられませんでしたが、公判において、裁判官から、被害者の嘆願書について、検察官の意見は不同意だがどうするかと尋ねられた時、「私が事前に連絡した際、検察官は、被害者に嘆願書について被害者には確認していないが、気に入らないから不同意だと述べられました。私としては、そのような理由での不同意の意見は不適切だと思うが、被害者保護の観点から、嘆願書に協力してくれた被害者に証人尋問の負担をかけることは申し訳なくてできないので、被告人質問の中で、被害者から嘆願書を得た事実を明らかにしたいと思います。」くらいのことを言っておけば良かったと、現在では少し後悔しています。
 執行猶予判決には満足でしたが、嫌な後味の残る事件となりました。