会報「SOPHIA」 平成17年1月号より

【弁護士、プロ野球界へ】
プロ野球シンポジウム
〜球界再編、ドラフト・FA制度、契約交渉代理人…、
野球界をめぐる諸問題を豪華パネリストと考える。〜  


業務対策委員会 委員 西 山 一 博

1、 企画の趣旨
 平成17年1月19日、名古屋弁護士会館5階名弁ホールにて、プロ野球シンポジウムが開催された。当会業務対策委員会スポーツエンターテイメントチームにおいて、企画・運営されたものである。
 昨年の2004年は、プロ野球界にとって激動の一年であった。合併問題、これに伴うストライキ、新球団設立などのいわゆる「球界再編」のほかにも、野球中継の視聴率低下、観客動員数の減少といった危機的な現象が現れた一年でもあった。また、2000年からはじまった契約交渉の代理人制度もまだ根付いたとはいえず、これからの部分が多い。契約交渉の問題のほかにも、法曹に求められる様々な法的問題を含んでおり、他のスポーツにも敷衍される面がある。
 ところで、私が、2000年に前田幸長投手(現巨人、当時中日)の契約交渉の代理人を務めた当初は、契約交渉とは、具体的に実際どんな雰囲気のもと、どんな主張をするどんな人物を相手に行うのかなど、知らないことが多かった。実際に契約交渉を行ってわかったことは、多角的に検討しなくてはならないということだった。依頼者(選手)と相手方(球団)の主張や利害を検討するのはもちろん、マスコミやファン、そして同僚選手までをも念頭において検討する必要がある。結局は、交渉は「駆け引き」であるから、たくさんの「駒」をもたなくてはならない。単に選手の実力や人気をアピールするだけでは足りず、人や制度やファンなど、様々な「駒」をよく理解し、うまく使うことが必要ではないかと、少なくとも今はそう思っている。
 そこで、今回の球界再編とは、現在プロ野球界の抱える問題点とは、ドラフト制度・FA(フリー・エージェント)制度とは何なのか、選手や球団はそれぞれどう考えているのか、契約交渉の現場とは、などについて、有識者で知識豊富な池井優教授(慶應義塾大学名誉教授)、選手OBで、監督さらにはGM(ジェネラル・マネージャー)の経験もある廣岡達朗氏、地元中日ドラゴンズの選手会長としてストライキの問題にも関与し、プレーでは今シーズンのベストナイン・ゴールデングラブ賞(註)を受賞した井端弘和遊撃手、長く中日ドラゴンズを見続けてきた東海ラジオ報道制作局局長犬飼俊久氏、というこれ以上ない豪華キャストのもと、シンポジウムを開催したものである。

2、 講演(池井優教授)
 最初に、池井教授から、約45分間、ドラフト制度・FA制度・契約交渉などに関して、ご講演いただいた。
 FAは、選手にとっては、自分の夢であったチームのユニホームを着る貴重なチャンスであるだけでなく、現在は当初のその趣旨をはなれ、契約交渉の重要な切り札になっている。また、ドラフト制度には、選手の職業選択の自由を侵害しているという批判もある一方で、各球団が優勝争いをできることで球界が盛り上がり、観客を動員できることから導入された歴史的経緯がある。
 これらのことは、選手の側に立って、法律問題を考えることになった際にも、弁護士個人の独自の見解だけでなく、関係者がどう考えているのかを知り、また歴史的な沿革を抑えておくことは不可欠である。
 その意味で、池井教授のご講演は非常に貴重なものであった。

3、 パネルディスカッション
 

 パネルディスカッションでは、各パネリストの方々より、われわれの予想していた以上に踏み込んだ話をしていただいた。

(左から)池井教授、廣岡氏、犬飼氏、井端氏【中日新聞社提供】

 廣岡氏は、年俸制度に関し、最初に設定した金額を成果に応じて減じていく方法を提言したほか、プロ野球界の内情なども暴露して参加者へのサービスもしてくれた。
 井端氏は、選手の視点からみた契約交渉の現状をかなり率直に話していただいたほか、ストライキ前の選手の意見などをお話しいただいた。
 池井教授からは、講演に引き続き、球団の営業対策に関するメジャーとの違いなどを、実例をまじえてお話しいただいた。
 さらに、犬飼氏からは、ストライキの問題に関し、その後の継続した検討が重要であるとの趣旨の鋭い指摘などをいただいた。
 そして、高木益一氏(廣岡氏ロッテGM時代の選手との契約交渉担当者)から「成績の悪かったときは下げても構わないからというスタンスで、成果などをアピールする姿勢でいけば、球団から受け入れられやすいのでは。」という席上発言などもなされた。

4、 総括
 2時間半のシンポジウムも、あっという間に時間となり、名残惜しく終幕となった。
 興味深い話をしていただいたパネリストの方々には深く感謝している。
 また、身内のことではあるが、チーム長として、三顧の礼を尽くしてこれだけの豪華メンバーを集めていただいた酒井俊皓会員に、一野球ファンとして、この場を借りてお礼を申し上げるものである。

(註)今季のセ・リーグ各球団の遊撃手の失策数は、ヤ11、巨12、阪16、横12、広19であるのに対し、中日は4である。井端選手は今季殆どひとりで中日のショートを守った(他の選手がショートの守備についたのは2イニング)うえ、優勝決定前におかした失策数は僅か2である。「打ち勝つ野球」の巨人ではなく、「1点を守り勝つ野球」を掲げた中日のチーム方針を見事に具現し、チームをリーグ優勝に導いた井端選手の貢献度はMVPクラスといっても全く過言でない。
 しかし、井端選手は、契約交渉した際このデータを知らず、契約更改した翌日に知った。