日弁連外弁委員会報告
   モンゴル司法制度視察記


日弁連外国弁護士及び国際法律業務委員会 副委員長 石 畔 重 次

●モンゴルへ

 2月のインドネシアに続き、6月にモンゴルへ出張した。ABA-Asiaがモンゴル弁護士会に対する法支援として開催した弁護士倫理研修会への出席である。
 モンゴル側の講師は、地裁判事、弁護士懲戒委員会委員、警察大学講師(裁判官倫理、検察官倫理)であった。講師の顔ぶれから分かるように、弁護士側の専門家はいない。弁護士会長自身が熱心に講師役をしていた。
 この機会に垣間見たモンゴルの様子を紹介する。



(研修会参加者と……3回で合計約100人が参加した)

●モンゴルの法曹事情

 モンゴルは1990年に民主化され、1992年に新憲法が発効して資本主義国家となったが、それ以前はソ連をモデルとする社会主義国家であった。そのためか、官憲とくに取調官の権限が強い(警察支配国家ともいわれる)。社会主義時代には優秀な学生は裁判官よりも取調官や検察官になったという。取調官の権限は強く、被疑者の取り調べは全て取調官が行い、検察官の職務は起訴不起訴の決定と起訴後の公判維持に限定される。取調官は広大な権力を持っているので、賄賂目的で勾留を継続することもあるという。賄賂を払えば釈放されることもあるらしい。

●裁判官も信頼されていない?

 市民の意識調査結果(2001年)によると、各法曹について信頼できると回答した市民の割合は、警察が18%、検察が20%、弁護士が20%、裁判所が16%、最高裁が30%、憲法裁判所が35%であった。法曹全体が市民から信頼されていない。しかも本来信頼されるべき裁判所、とくに下級審裁判所の信頼度が低い。
 その理由は、私の印象では次のとおりだ。
 第一に裁判官の能力の問題。とくに社会主義時代に採用された40代以上の裁判官の能力に問題があるようだ。
 第二は賄賂に見られる公正さの欠如。賄賂については、ある弁護士の話では、100ドル程度を裁判官に渡すようである。
 そして社会主義時代の官尊民卑の名残か、当事者に対する態度が傲慢だといわれる。
 要するに裁判所は市民の紛争解決の手段として利用しやすいとはいえず、かつ近寄りがたい存在で、民衆のための裁判所とはほど遠いところにある(もとは国家権力による刑罰権の行使に重点があったのではないか)。

●さらに低い弁護士の地位

 司法が市民から遠いので、一般に紛争を弁護士の手を借りて解決するという習慣もない。需要がなければ人気もない。社会主義体制のときは法学位さえあれば誰でも弁護士になることができ、就職口のない者が弁護士になったという。
 その後2003年9月に弁護士倫理が制定され、2004年3月に初めて法曹の共通資格試験が実施された。弁護士の地位向上のための重要なステップである。その結果約200名が弁護士資格を取得し(修習制度はない)、モンゴルの弁護士数は約1000名になった(ちなみにモンゴルの人口は約240〜250万人。うち90〜100万人がウランバートルに居住)。ただし現在開業しているのは600名程度にすぎない。民衆相手の弁護士は収入も低いので、優秀な者は開業弁護士にならずコンサルタント会社や外資系企業などに就職するようだ。
 弁護士の独立性も弱い。懲戒委員会があるが委員会は懲戒についての結論を出すだけで、処分は法務大臣が行う。政治的判断(賄賂やコネ)によって委員会の意見と異なる処分となることも少なくないようである。
 裁判官や検察官が弁護士の依頼者に直接干渉することもある。たとえば、「あなたの弁護士はよくないから他の弁護士を紹介する」と唆す。狭い法曹界で大半が顔見知りなので、懇意な弁護士を紹介して賄賂をもらうこともあるようだ。そして懇意な間柄の判事、検事、弁護士で裁判を進めることになる。

(裁判官、田邊会員と法壇で記念撮影)

●田邊会員と首都裁判所へ

 モンゴルでは、当会の田邊正紀会員が活躍している。田邊会員の世話で首都裁判所の裁判官に面談した。
 最高裁の下に首都裁判所と各地の県裁判所があり、それぞれの下に下級裁判所があるが、首都裁判所は別格の存在で毎年約1200件の事件を処理し、モンゴルでの判決の約40%は首都裁判所が出しているとのことである。
 ここでも裁判官の能力問題が話題になった。社会主義時代に教育を受けた裁判官に対し、資本主義への移行に伴う再教育が必要だという(土地の私有化も最近認められたばかり)。
 裁判も、まだまだ市民に開かれた存在になっていない。裁判所を傍聴できることを知らない市民も多いが、裁判所職員も傍聴を歓迎しない。傍聴しても当事者が傍聴人の存在に異議を唱えると裁判官に退廷させられることがある。
 判例の公開については、首都裁判所では2003年12月から判例集を裁判所が管理し、誰でも閲覧することができるようになったという。ただ現実にはこれまで一般人で閲覧した者はいない。学者が研究するようだが、判決の批判などは許されないという。「まだ最初のステップなので…」との説明であった。

●モンゴルの将来は女性が担う?

 法曹の中での女性の割合はかなり高い。今回の研修参加者もざっと3分の2が女性。中に優秀な人がいる。日本語が懐かしいといって話しかけてくれた女性弁護士は、一橋大を卒業しさらに東大で学んだという。英語通訳を務めてくれた女性弁護士も、ドイツとイギリスに留学したと言っていた。このような若くて優秀な人たちが加わることで、弁護士全体の地位も着実に向上していくであろう。

●ABAの法支援

 インドネシア、モンゴルとABA-Asiaの法支援に日弁連から派遣されて参加したが、日本の制度を説明する講師としての私の渡航費用はABAが負担してくれた。日弁連もABAのようにうまくスポンサーを探して、日弁連が主体となってアジアの弁護士会を支援できるようにならないものだろうか。官尊民卑のアジアでは、法曹の中でも弁護士及び弁護士会の立場を強化することが市民の権利を高めるために不可欠だと思う。

(郊外に点在するゲルの風景)