刑事弁護人日記(12)
   外国人の少年事件
 −不法滞在の容疑による逮捕・勾留から少年審判まで−


会 員  矢 田 政 弘

一、事件の概要

 平成15年10月11日、トルコ国籍の18才の少年から受任した事件で同年12月16日、名古屋家庭裁判所で不処分の審判を得た事件である。
 この間、10日間勾留を延長する決定に対し準抗告を行い、勾留延長を3日間に変更する決定を得た。また、家裁送致直後には、少年法17条1項1号の在宅観護の措置を求め、その決定を得ることができたケースである。

二、勾留延長に対する準抗告

.少年は、滞在期間が平成12年11月11日までであったのに、これを経過して不法に残留したという容疑で平成15年10月2日逮捕された。その後、同月13日まで大垣警察署留置場に勾留され、同月10日に10日間の勾留延長決定が為された。ところが、少年は、同年6月5日、平成13年夏頃に知り合い、同棲していた16才の日本人女性と入籍し、その直後に名古屋入国管理局へ自発的に出頭し、在留特別許可を得るため、必要書類を提出しており、逮捕当時は、審査の手続中であった。少年の妻は、妊娠8ヶ月の身であり、11月初旬に出産の予定であった。
 なお、少年には、無免許運転の余罪があるとして、少年を逮捕した岐阜県海津警察署ではその捜査もしており、10月13日には、同署の警察官による無免許運転に関する引き当て捜査が予定されていた。

.少年が不法滞在で逮捕された理由は、少年の兄が連続窃盗事件で警察に逮捕されていたということが背景にあった。警察は、少年も兄と共犯関係にあるのではないかとの予断にもとづき、少年の身柄を確保すべく逮捕したものと思われる。ところが、少年は、在留特別許可の申請をしていたことが判明してからは、少年が兄に面会するため、警察署を訪れた際に、自動車を無免許で運転していたことに目を付け、余罪としてその捜査を始めていたものと推測された。

.準抗告の申立書では、少年には定職があり定住していること及び妻が妊娠中であることから逃亡のおそれのないこと、そして自ら入管に出頭し在留特別許可の審査中であることから罪証隠滅のおそれは全くないことを主張した。岐阜地方裁判所は、不法滞在に関する罪証隠滅のおそれはないことから、この点についての勾留延長の必要性のないことを認定し、余罪の無免許運転についても警察官が現認していることから、罪証隠滅のおそれは少なく、これらを考慮するときは、10日間も勾留延長する必要はなかったと認めたが、3日間程度の勾留延長はやむを得ないとし、原決定を取り消した。

三、勾留期間満了後の手続

.少年の捜査をしていた岐阜地検大垣支部の副検事は、少年を釈放することなく、同月15日、岐阜家庭裁判所大垣支部に送致した。
 通常、少年の身柄事件の場合、鑑別所に収容して観護措置が取られる。この事件の少年の場合、妻が妊娠中であり11月にも出産予定であることから、その生活を維持するためにも在宅観護の措置を裁判所に求める必要があり、直ちに同支部に意見書を提出した。

.意見書では、在留特別許可の趣旨やこれまで在留特別許可が出された事例などから日本人の妻と結婚し、長期間の同居の実体があるうえ、少年の子を妻が妊娠しており出産間際で、産まれてくる子どもの養育の必要性を強調した。余罪として認知された無免許運転は、少年が不法滞在の被疑事実で逮捕勾留されている間に露見し、その取り調べが為されているが、勾留の被疑事実とはまったく実体を異にする犯罪にもかかわらず、少年の同意なく取り調べが行われたことを理由に違法な捜査であったことを強調した。また、勾留延長決定に対する準抗告決定を資料として提出し、付添人としての意見を補強した。

.岐阜家庭裁判所大垣支部は、少年に対し、鑑別所に収容する観護措置を取らず、在宅のまま少年審判の手続を行うことを決定し、少年の両親が居住している場所が名古屋市内であったことから、名古屋家庭裁判所に事件を移送する処置を行った。そのため、以後は、名古屋家庭裁判所で少年審判手続が開始されることになった。

.少年が勾留中に無免許運転の取り調べを受けていたことについて、弁護人として少年には、捜査に応ずる義務はないことを説明し予定されていた無免許運転をした区間の引き当て捜査を中止させたが、無免許運転をしたことの自白調書が取られており、この調書が家庭裁判所に提出されていたことから、違法収集証拠のおそれがあることを特に強調した。

四、名古屋家裁での審判手続

.平成15年11月21日、トルコ人通訳同席のうえ、調査官調査の期日が開かれた。付添人として同席し、少年が入国管理局に在留特別許可を得るために数多くの資料を提出していること及び日本人の妻との婚姻は実体を伴うもので、産まれてくる子どもの養育には少年の存在が不可欠であることを強調した。ところが、調査官は、しきりに少年の両親の実情を尋ねてきた。

.調査官の意図は、少年の両親も不法滞在ではないか、そのような両親に少年の監督ができるのかと推測された。そこで、少年は、18才ではあるが、トルコでは成年者として扱われていることや、正式な婚姻届けをしていることから、民法上成年者として擬制されること、さらに少年の妻の両親が常に少年らの監督をできることを強調した。
 また、この期日には、すでに子どもも生まれていたため、生まれた子どもを抱いた妻とその母親を同席させ、母親から少年夫婦を監督援助していくことを語らせた。さらに、少年の勤めている解体会社の社長にも同席してもらい、今後も引き続き少年を雇っていくことを調査官に報告させた。

.無免許運転の余罪については、違法収集証拠の問題があることもさることながら、無免許運転をした事実が無いとは言えないので少年にはなぜ無免許運転をすることが処罰されるのかということ及び法律を守らない者は、日本人社会に受け入れられないことを自覚していることを自分の言葉で語らせた。

.調査期日が終わった後、調査官から在留特別許可が出たかどうかの問い合わせをしばしば受けたが、入管によれば、書類受理から1年近くかかる場合もあるとのことであったので、すぐには許可がおりない旨を報告したところ、平成15年12月16日、少年に対する審判の言い渡し期日が指定され、調査期日と同様に少年の妻、その母親を同席させ、審判を受けた。審判の結果は、不法滞在については自ら入管に出頭し、在留特別許可の手続が進行していること、無免許運転については常習性はなく、保護処分の必要はないとして不処分の審判がなされた。

五、本事件についての所感

 少年は、何の関係もないのに窃盗事件を起こした兄の共犯と疑われ、不法滞在で逮捕され、約2ヶ月半にわたりその生活を脅かされ不安にさらされた。家裁が不処分にしたのもこうした背景を考慮したものではないかと思う。
 それにしても、勾留期間満了後、検察官が少年を家裁に送致したのは、警察に対する顔立ての配慮があったのではないかと思えてならない。最近の警察と検察の力関係を垣間見ることのできた事件であった。