【特集】どっこい民暴
  全国民暴対策協議会愛知〜ジャーナリストによる行政対象暴力の実態報告
    「遺族の悲憤、繰り返すな」鹿沼市職員殺害事件


下野新聞社 政経部 記者 三 浦 一 久


 職務をただ公正に進めていた行政マンが、なぜ殺されなければならなかったのか――。

 2001年10月、栃木県鹿沼市で起きた同市環境対策部参事、小佐々(こささ)守さん=当時(57)=殺害事件。前代未聞の「行政対象暴力による殺人」を取材した記者として、全国民暴対策拡大協議会愛知で報告の機会を与えていただいた。
 何より来場者に伝えたかったのは、理不尽で悲惨な行政対象暴力の実態だけでなく、不当要求や暴力を生む病巣は行政の内部にこそ潜在しているということだった。
 小佐々さんは勤務先の市環境クリーンセンターから約200メートルの場所で、帰宅途中にこつ然と姿を消した。栃木県警の捜査で、地元の廃棄物処理業者=当時(61)=が、ごみ処理の不正を厳しく指摘する小佐々さんとトラブルを起こしていたことが分かった。
 だが、事情を知るはずの同僚職員の口は一様に重く、捜査は難航。1年3カ月後、小佐々さんを拉致、殺害したとして暴力団幹部ら4人がようやく逮捕された。「小佐々さんを逆恨みした廃棄物業者から依頼を受けた」と供述したが、業者は事件発覚後に自殺した。
 職員が口を閉ざした理由は次第に明らかになった。自殺した業者は市の歴代廃棄物担当者と癒着し、事業の許可やごみの不正処理などでさまざまな便宜を受けていた。業者は職員を接待して関係を深める一方、地元政治家たちにも政争に乗じて巧みに接近を図り、市役所への影響力を強めていった。業者に便宜を図っていた小佐々さんの前任者は事件発覚後、市役所から飛び降りて命を絶っている。
 「おれは三役とつながっている」「おれのごみにけちをつけるのか」。市役所上層部に取り入り、脅し文句で傍若無人に振る舞う業者の存在は、職員の間では周知の事実だった。だが、人事での「報復」や業者への恐怖感から、職員たちは何も言えなかった。
 公務員として当たり前の「法令順守」を貫こうとした小佐々さんは、孤立無援だった。
 事件は大きな教訓を残した。不当要求や行政対象暴力をはねつけるべき組織の内部が腐敗していては、事件を防げないこと。外部からの攻撃に対しては、担当者個人に押しつけず、組織として対応すべきだということだ。
 協議会出席に当たり、小佐々さんの妻洌子(きよこ)さんからメッセージを託された。
 〈市役所という組織として主人を守ってほしかったと、悔しい思いが増すばかりです〉
 〈一部職員が公務員としてのあるべき姿を忘れ、行政に歪みが生じ、その最大の犠牲者が夫だったような気がしてなりません〉
 〈私ども家族の苦しみ、悲しみを二度と繰り返してはなりませんし、夫の犠牲が行政に生かされてほしいと願ってやみません〉
 栃木に戻り、洌子さんに協議会の内容を報告した。「鹿沼事件を繰り返してはいけない。風化させてもいけない」。日弁連民暴対策委員会の北川恒久委員長が、協議会の締めくくりで述べた言葉も伝えた。
 「お父さん、少しはお役に立てたかしら」。洌子さんは仏前に協議会資料の「行政対象暴力対策ハンドブック」を供え、そっと手を合わせた。遺体はまだ見つかっていない。
 なお、下野新聞社のホームページ http://www.shimotsuke.co.jp/ に連載企画「断たれた正義−なぜ職員は殺された・鹿沼事件を追う」を掲載しているので、ご一読いただければ幸いである。