アメリカの死刑モラトリアムと刑務所を見て



会員 小林 修

1 はじめに
 2月28日から3月7日にかけて、死刑問題についての日弁連訪米調査が行なわれ、ワシントンDCとノースカロライナ州に行って来ました。調査の目的は、死刑モラトリアム、凶悪事件の犯罪被害者、そして死刑囚と終身刑受刑者の処遇、の各実態を調査することです。

2 死刑モラトリアム
 アメリカ法曹協会(ABA)は、1997年2月に、深刻な制度的欠陥が除去されるまでの間、全死刑存置地域において死刑執行が停止されるよう求める決議を採択し、現在は、「死刑モラトリアム実行プロジェクト」に取り組んでいます。これは、日弁連が、2002年11月に理事会承認の上で発表した「死刑制度問題に関する提言」で死刑執行停止法の制定を提唱していることにも通じます。
 私たちは、ワシントンDCとノースカロライナ州で、ABAの死刑モラトリアム担当弁護士と教授(ロースクール)から、詳細な話を伺い、同時にノースカロライナ州におけるモラトリアム法実現のための運動とその背景を調査しました。そこでの感想は、アメリカにおいては死刑モラトリアムは、正に人権侵害をやめさせるためのものであり、存置派を含めた多くの人々に支持される考え方なのだということです。
 ノースカロライナ州は南部であり、どちらかと言えば保守的な傾向の人が多いと言われています。もちろん死刑制度があり、毎年執行されています。しかし、ABAによる強い働きかけもあり、死刑モラトリアム法案が既に上院で採択され、本年中には下院での採択が期待されています。
 このような動きの背景に、死刑囚の中にも実に多くの冤罪があるということがあります。例えば、私達がノースカロライナ州に入った2週間前にも、アラン・ゲルという死刑囚の無罪が判明して釈放され、マスコミも大きく取り上げていました。この事件では、検察官が証拠を隠そうとしていたことから誤判が生じました。他にも、死刑囚のDNA鑑定の結果無罪が判明したり、警察による恣意的なラインアップ、ひどい弁護過誤の例も聞きました。
 ABAでは、死刑囚に対する弁護のために、ガイドラインを作り、研修資料を発行しています。ノースカロライナでも、州が年間6000万円もの運営資金を出している死刑事件訴訟センターに、死刑事件の資料と研修が用意されています。アメリカでは、死刑判決から執行まで平均して20年かかりますが、それは、弁護人が、死刑判決後、ありとあらゆる法的手段を尽くすからだそうです。果たして、日本はそれより良い実態だと言えるでしょうか。
 ABAは、他にも、捜査の実態や人種や地域による差別実態(例えば黒人による白人に対する第1級殺人は死刑で決まりという実態)等の問題点も指摘して、死刑モラトリアムの運動を進めています。ABAの、廃止ではなくモラトリアムの主張が、存置派との対話を進め、ABAの信頼性と影響力を高めているということでした。これは、日本の弁護士会にも相当すると思いました。

3 和解のための殺人被害者遺族の会(MVFR)
 MVFR代表のレニー・クッシングさんの話を聞きました。2002年3月に行なわれた名古屋弁護士会でのシンポジウムで、坂上香さんが報告した運動の話でした。
 クッシングさんは、15年前に父親を殺された被害者で、MVFRもクッシングさんも有名なNOVAに加入しています。
 クッシングさんの話の中では、アメリカの犯罪被害者の運動は、犯罪コントロールと被害者救済は癒しという2つの流れがあるが、今は前者が目立っている。しかし、殺人被害者の全てが犯人の死を望んでいるわけではない。被害者の人権も大切だが、それが他の人種に優越するわけではない。執行を望んでいる人は、執行がすむまで癒しが始まらないのではないか。という言葉が心に残りました。
 日本における犯罪被害者運動にも一石を投ずることのできる人ではないかと思います。

4 ジェサップ最重要警備刑務所
 ワシントンDCとポトマック川をはさんだ西隣がメリーランド州であり、そこでの最重要警備刑務所を訪れました。この刑務所は終身刑と50年以上の長期受刑者が対象となっています。私達は、死刑に代わる最高刑を考える上で参考となると思い、このような長期受刑者の処遇実態を調査しました。
 まず、面会場に行っておどろきました。約50人は座れる大部屋で遮蔽板なしの大きなカウンターがあり、立会人なしで面会していました。受刑者と面会人が抱擁していました。ただ、秩序維持の観点から、独居房にいる受刑者は遮蔽板のある個室で面会していました。面会は1回1時間で月7回までできます。累進制度はなく、同一刑務所の処遇は同一内容となっていました。各房にはテレビがありました。リクリエーションルームは1日4時間利用可能で、テレビがあり、ビリヤード、卓球、チェス、トランプ等ができるようになっていました。シャワーも毎日浴びることができますが、最低でも週3回は浴びさせる必要があるとのことでした。コレクトコールの電話も設置され、1回30分で回数制限なく、親族や友人等を登録しておけば、自由に外部に電話をかけることができるそうです。
 なお、仮釈放なしの終身刑にも恩赦の制度はありますが、過去20年間、その例はないそうです。日本との処遇の違いにより、このような行刑も可能なのでしょう。

5 ノースカロライナ中央刑務所
 次にノースカロライナ州の中央刑務所を訪問しました。この刑務所には、191人の死刑囚もいました。基本的には鑑別を目的とする刑務所であり、特別処遇の必要な受刑者が送られてきて、6ヶ月単位で鑑別・分類の上、一般処遇が可能であれば、他の刑務所に移送します。ノースカロライナ州(人口約600万人)では、76ヶ所の刑務所に約3万4000人の受刑者がいます。最長の終身刑受刑者は、47年間服役している83歳の受刑者で、医療施設のあるこの中央刑務所に送られていないということは心身共に健康であると思われる、ということでした。
 面会室は全て個室であり、ガラス越しの面会となりますが、立会人はおらず、職員が個室の外を巡回し、時々、中を見るというシステムでした。やはり、特別処遇を必要とする受刑者を対象としているからでしょう。面会時間は1時間ですが、200マイル以上遠くから来た人は3時間面会できるそうです。面会の回数は、厳正独居(1日23時間まで独居が許される)の人は月1回、他は週1回。
 死刑執行場の中にも入って、説明を受けました。執行方法は、以前はガスと薬物注射の選択制でしたが、現在は、薬物注射のみとなっています。執行場のガラス越しに、16人が入れる立会室があり、死刑囚と被害者の各家族、警察官、検察官、弁護人、マスコミが立ち会います。
 執行は、通常は、金曜日の午前2時に行なわれます。その週の火曜日になると、死刑囚は、執行室隣の監房に移され、2人の刑務官と一緒に生活します。これを「death watch」といいます。区画内は自由に出入でき、電話もシャワーも、テレビも自由だそうです。死刑囚の家族にも連絡され、最後の面会が行なわれます。執行当日、午前1時になると所長が告げにきて、死刑囚は執行室隣のベッドに縛り付けられます。1時50分に執行室に入り、執行停止の有無を確認して、午前2時に、まず睡眠薬を注射し、次に呼吸障害を起こす薬物を注射します。その間、立会室のカーテンは半分閉め、死刑囚の顔は見えるが、刑務官の顔は見えないようにします。
 死刑囚の監房も見ました。夜間独居で昼間は48人ごとの広い「day room」を自由に使用できます。私達が行ったときは、赤いユニフォームの死刑囚が、day roomで、刑務官と一緒に談笑していました。タバコを吸ったり、新聞や雑誌を読んだりしていました。ノースカロライナでは、執行される死刑囚よりも、恩赦で終身刑に減刑される死刑囚の方が多く、このことも、比較的自由な処遇が維持できることの背景にあるようです。
 以上の通り、日本の刑務所の常識は、世界では通用しないと実感しました。