知的財産権訴訟の東京・大阪専属管轄に対する反対運動の必要性について


副会長 中 村 貴 之

★知的財産権訴訟の東京・大阪専属管轄化
 ご存じの通り、特許・実用新案・プログラム著作権について東京・大阪の専属管轄にする民訴法改正(改悪)が平成15年7月に成立してしまいました。
 今後は、原告も被告も沖縄の会社、という裁判でも、大阪まで行かないと裁判をすることができない制度になりますが、非常に問題のある法改悪だと思います。
 この問題は、今年の中規模サミット(札幌、宮城、横浜、名古屋、京都、広島、福岡などの中規模単位会でつくる会)の議題にもなります。

★何故間違っているのか
 残念ながら「地方には知財に詳しい弁護士が少ないのは事実だからやむを得ないのではないか」というような見解を述べる人が、地方単位会にさえ時々おられます。
 そこで、それが誤解であること(この法改悪が間違っている理由)からお話しさせていただきます。

★司法過疎解消・司法ネット構想と正反対
 まずこれは、司法過疎の解消の理念・小泉首相のいう司法ネット構想(全国どこでも法的救済が受けられるようにする)と正反対の不合理な立法であるということです。
 全国どこで起きた事件であっても、知財事件である限り東京か大阪でしか裁判ができないのですから、司法過疎解消と全く逆方向であることは明白です。
(移送の規定はありますが、今後は東京と大阪に専門裁判官を集中させるのですから、移送が簡単に認められるとは思えません。)
 これが問題の核心です。

★市民や企業の利便に反する
 時々誤解されていますが、改正前の現行民訴法でも、市民や企業が「東京・大阪で裁判をやりたい」と思えば自由にできるのです。現行民訴法(平成12年改正法)では、東京地裁・大阪地裁に全国の事件の競合管轄権を認めているからです。残念なことに、この点を無視した議論が非常に多いのです。
 仮に地方に知的財産権に詳しい弁護士が少ないのが事実だとしても、現行民訴法のように東京地裁・大阪地裁に全国の事件の競合管轄権を認めるところまでで十分なはずです(日弁連意見書も同意見)。
 今回の改正は、市民・企業から、地元で裁判をする選択権を奪うものなのです。

★地方にも知的財産権専門弁護士はいる
 地方には知的財産権専門の弁護士が少ないと主張する人もいますが、これは事実ではなく、地方にも専門弁護士はいます(私個人は特に知的財産事件はやっておりませんが、当会にも優れた専門家が何人もいることは知っていますし、10名以上の名前を容易に挙げることができます)。
 そもそも何よりも、仮に地方に知的財産権に詳しい弁護士が少ないのが事実だとしても、現行民訴法では当事者が希望すれば日本全国の知的財産権事件を東京地裁・大阪地裁で扱えるようになっております(地方に提訴された知財事件を東京・大阪に移送することも勿論できます)から、それで問題ないはずで、これを理由に東京・大阪の専属管轄まで認めるのは明らかに間違っています。

★地方企業の活力を削ぐ
 ご存じの通り、重要な発明をする企業が東京・大阪に集中しているわけではありません。
 製造業もIT関連企業も全国各地に散らばっており、地方企業でも世界的な発明をしている企業が少なくありません。また、東京・大阪は賃料も人件費も高いので、ベンチャー企業は地方を拠点とすることがむしろ多いようです。
 ところが、知的財産権関係訴訟が東京・大阪以外で争えなくなると、地方から知財専門家を消滅させていき、地方企業が知財問題について気軽に相談できる体制がなくなってしまいます。やがてはこうした企業の活力も奪う事となり、東京・大阪への経済の集中をますます加速するでしょう。

★国際戦略とは無関係
 国際戦略も専属管轄の理由にはなりません。
 知財訴訟の大半は国内企業同士の紛争ですし、先進国の大半も一部都市の専属管轄とはしていないからです。

★日弁連は??
 日弁連は当初賛成のようでしたが、当会を初めとする中規模単位会の反対意見書により反対に転じました。当会が平成13年に出した意見書は、その過程で非常に大きな役割を果たしたと言われています。以上の経緯から、日弁連は公式には反対しています。
 ところが日弁連執行部の中心は東京・大阪の弁護士なので、実際にはほとんど積極的な反対運動をしなかったようです(敗訴者負担問題や裁判員制度のような運動用パンフレットも作成されていませんし、街頭活動や国会議員要請などの指示も日弁連からは来ていませんでした)。
 その結果、気が付いたら民訴法改正案が国会に上程されてしまっていたのです。

★今後の更なる動き
 この問題は、済んでしまったことではありません。
 現在、今回の改悪からは外された著作権・商標権・意匠権・不正競争防止法に関する訴訟までも専属管轄とする動きがあり、「今後の検討課題」とされています。これらの法律は地方の市民や中小企業経営者が誰でも使う法律であり、このような裁判まで地元でできなくなったら大変なことです。
 また、今回のことが悪しき前例となって、今後も大規模な法改正のたびに、似たような動きが起きると予想されます。
 このような司法過疎解消と正反対の不当な動きを阻止するためには、引き続き反対運動を続ける必要があります。具体的には、今回の民訴法改悪を元に戻す運動を継続的に続けることこそが、何より大切だと思われます。

★中規模単位会で反対運動を
 この問題は、東京・大阪中心の日弁連に任せておくと、ほとんど何も反対運動をしないということが今回の経験で分かりました。
 反対運動を担うことが期待されるのは、中規模単位会しかありません。地方の中規模単位会が運動しないと、日弁連は表向き反対するだけで実は誰も反対運動をしていない、という事になってしまうのです。

★運動をすれば必ず方向は変えられる
 中規模単位会が本気で反対運動に取り組めば、この問題は必ず成果をあげることができます。
 当名古屋弁護士会で国会議員との懇談会をしたときには、「もっと早く要請してくれれば、東京・大阪専属管轄化は実現しなかっただろう」と言われました。
 マスコミと話をすると非常に不合理な立法であることは理解してくれています。
 このテーマは、文字通り全ての会員にご賛同頂けるテーマだと思います。
 今からでも遅くはありません。改悪を元に戻すためにも、またこれ以上の改悪を阻止するためにも、精力的な運動の展開を続けたいと思っていますので、是非ともご協力をお願い致します。