子どもの事件の現場から〜
   「性的虐待を受けた子どもの回復における刑事司法の役割〜安全確保を中心に〜」

子どもの権利特別委員会委員   杉 浦 宇 子

1 性的虐待から物理的に救出された子どもが、虐待者(多くの場合実父・養父)を刑事告訴するということには重要な意味がいくつかある。その最も重要なもののひとつは、子ども自身の安全と安心を確保するということである。PTSD等精神的に極めて深刻なダメージを負っている子どもは、まず安全で安心できる環境を確保されなければ、深く傷ついた心を癒し回復させることは困難だからである。
 虐待者が官憲により身柄拘束され、物理的に被害者に近づくことができないことにより、被害者である子どもが得られる安心感は大きい。もちろん、たとえ実刑になってもいつかは社会に出てくるという恐怖・不安はある。加害者が実刑になったは良いが、ものの1年で出てくるとなると、やはり安心して治療を受けたり、自立するための力を付けている余裕はない。だから、出来る限り長期の実刑となるのが被害者にとってこれまた重要な意味を持つのである。
 むやみに刑罰が厳しくなればよいというわけではないが、魂の殺人(アリス・ミラー)とも言われる性的虐待の被害の深刻さ・行為の残酷さに比して従来あまりにも刑が軽すぎたように思う。

2 子どもに対する虐待の問題が世の中で徐々に理解されるようになって、性的虐待の加害者が刑事事件で起訴されることが増えるのと同時に、起訴されるときの罪名も量刑も変化してきている。
 5年程前には、青少年保護育成条例違反(当時1年以下の懲役)で起訴、求刑が懲役1年、判決が懲役1年の実刑であった。
 3年くらい前から、「児童福祉法違反」(10年以下の懲役)で起訴されることが多くなり、求刑も判決の量刑も厳しくなったが、大抵懲役2年前後の実刑である。
 最近、愛知県では、準強姦(2年以上の有期懲役)で起訴する例が出てきている。家庭という子どもにとって逃れることが不可能な場所で圧倒的な支配者である加害者から虐待を加えられることにより子どもが「抗拒不能」となるという理解は評価したい。
 大阪などでは、更に進んで、性的虐待を強姦(2年以上の有期懲役)で起訴する例が出てきているという話も聞いている(もちろん事案によるだろうが)。量刑もより厳しくなるであろう。

3 他方、加害者が強姦・準強姦として起訴されるに伴い、性的虐待の加害者が「抗拒不能」などを否認する可能性も大きくなり、被害者が証人として出廷しなければならなず、二次被害(セカンドレイプ)を受ける危険が生じる。被害者のためにはこれは是非とも避けたいことである。

4 性的虐待を刑事司法のなかでどう扱うかの問題はまだ試行錯誤の段階であるが、現段階では、子どもの負担が一番少ない「児童福祉法違反」で起訴した上で、性的虐待が被害者の一生にわたる深刻な被害を及ぼす残酷な行為(魂の殺人)であることを主張して、これに見合った適正な量刑を求めていくのがベターな形かなと考える今日この頃である。
 虐待問題に携わる弁護団の一員として、今後の活動の中で、刑事司法関係諸機関に更に性的虐待被害を理解してもらうための努力をしていきたいと思う。