有事法制問題対策本部副部長
岩月浩二 .
1 6月6日、有事法制三法が参議院本会議で可決され、成立した。
三法成立後まもない6月14日、6回目の街頭宣伝をした。積極的にチラシを受け取ってくれる市民も多くなった一方、今までになく「有事法に賛成だ」と言って、明確な意思表示をして受け取りを拒否する人も2人いた。その内1人に通りすがりに「どうしてですか」と声をかけてみた。「軍隊は必要だ」と力を込めて彼は答えた。
軍隊(自衛力)は必要だという人にこそわかってほしい。今回の有事三法は、軍隊が必要だから有事法制が必要だという水準をはるかに超える危険な問題をはらんでいる。
2 戦時体制発動の要件
有事法制三法は、簡単に言えば、有事=戦時を理由に総理大臣に強大な権限を授権して戦争動員を図る法律だ。総理大臣に対する授権の中には、指定公共機関や地方公共団体に対する指示・代執行権が含まれ、憲法の定める統治機構を完全に変容させる大規模なものである(指定公共機関は例示のものに限らず、政令で自由に定めることができる。民間企業はむろん、国民保護法制の関係では、社会秩序維持を目的として弁護士会を指定することも法的には可能である)。
問題の第1は、こうした大がかりな戦時体制を確立する要件があまりにも漠然としており、戦時体制発動の法的なしばりとしての意味をほとんど持たないことである。政府は「武力攻撃」とは、「我が国に対する外部からの組織的、計画的な武力の行使」をいい、「攻撃を加えてくる主体としては、国だけでなく、国に準ずる者」もあるとし、組織的なテロも含まれるとしている。また攻撃の地理的対象も無限定であり、「例えば、公海上の我が国の船舶等に対する攻撃」も含むとされている。
現在、インド洋に派遣されている自衛隊艦艇に対する攻撃が発生すれば、法律の枠組みとしては、大がかりな戦時体制を敷くことが可能である。また今後は、オウム真理教事件などは武力攻撃事態として戦時体制発動の可否が議論されることになろう。
しかも武力力攻撃が「予測される事態」においても戦時体制を敷くことが可能となっているから、戦時体制への移行は時間的にも前倒しされる。会報発行時には、英米軍への補給をも目的とするイラクへの自衛隊の派遣が決定されている可能性が高いが、全土が戦闘地域であるとされるイラクへの自衛隊派遣は、直ちに「武力攻撃が予測される事態」と結びつき、この場合、法的には戦時体制を敷くことが可能である。
「予測」は不可避的に裁量的要素を含む。そして、日米間の防衛協力の現状や情報格差を踏まえれば、「予測」の根拠は専ら米国から提示されるものになるとも危惧される。米国はイラク攻撃に際して「大量破壊兵器の存在」を指摘していた。たとえデマであっても、かかる情報に武力攻撃の「予測」が左右されるのは免れまい。
現実には、そんな遠方で展開している自衛隊に対する攻撃が予測されるからといって、戦時体制が敷かれることはないだろうとする意見は常識的である。しかし、戦時体制を敷く広範な裁量を総理大臣に認め、発動の可否を政治判断の領域とするのは、法律の構造としてそれ自体あまりにも問題が大きい。戦時体制発動の当否は、基本的に合法違法の問題になり得ないのである。橋本高知県知事が有事法制に関して「将来極端な思想の持ち主が総理になったときを危惧する」旨の意見を表明したことがあったが、国家としてのあり方を根本的に変えてしまう戦時体制の発動を、ときの総理大臣の良識と善意に期待するという法律の構造は、あまりにも危ういものというほかない。
3 議会の関与
戦時体制は、国会の関与なく発動される。戦時体制発動について国会の事前の議決は要件とされていない。また、事後承認の期限も定められていない。したがって、国会の議決が何らかの方法で引き延ばされる限りは、戦時体制の発動が政治的にすら不当な場合でも、不承認が議決されるまで戦時体制は継続される。日弁連意見書は、他国の立法例を引いて、国会の承認が事後承認になる場合には、戦時体制は暫定的なものとして一定期間で解除されなければならないと主張していたが、それすらも無視されている。
国権の最高機関とされる国会が、ないがしろにされているという他ない。
4 基本的人権の保障
今回の自衛隊法改正で、物資保管命令違反等に体刑を含む罰則が規定され、立入妨害罪が新設された。自衛隊による業務従事命令への罰則の新設は見送られたが、早晩、罰則が検討されると見込まれる。これらは国民に対する戦争協力の強制に他ならない。
現代戦争では兵站・補給は極めて膨大化している。湾岸戦争では、米軍は、1億3200万食を超す食事を手配し運び配給し、50億リットル近い燃料を投入した、契約運転手は8300万キロ(地球と月を100往復する以上の距離)を走行した。空輸部隊は1万5000回の輸送任務をこなし、海軍の軍事輸送部隊は民船173隻を借り上げ、空軍は民間から旅客機77機と貨物機38機を軍事輸送に投入したとされている。
仮に有事法制が発動されれば、兵站活動は想像以上の大規模に及ぶであろう。物資統制、通信、空港、港湾、通行の統制も大がかりなものになるであろう。思いの外多くの国民が、直接の影響を受けることなる。
殺し合いは絶対に嫌だ(筆者などはそうだ)と考えて協力を拒む者の基本的人権は保障されるだろうか。また正確な情報のもとで戦争への協力を決したいとする者の意思決定の自由は確保されるだろうか。民主党が修正案で求めていた人権保障の内容はまさにここにかかっていた。
一部マスコミは、民主党と与党との修正合意で、基本的人権保障が大幅に前進したと報道した。しかし、民主党は、思想・良心の絶対的保障、表現・報道の自由・政府批判の自由の保障、思想統制の禁止、国民への戦争協力の強制の禁止など、具体的な項目を列記して武力攻撃事態法に盛り込むように要求していた。しかしながら、これら具体的な項目は全く盛り込まれることなく、単に抽象的な人権保障文言が重ねて盛り込まれたに止まる。具体的な人権保障には何ら見るべきものはないと言って過言ではない。
5 まとめ
ここまで、有事法制三法の問題点のいくつかを指摘した。修正によっても、当会が指摘してきた基本的人権の保障、民主的統治機構の変容、国家総動員体制への道を開くこととなる危険などの問題点は、何ら解消されていないことが明らかである。
武力攻撃事態法自体は、採られる対処措置の内容について、何ら明らかにしていない。いわば器が作られたに過ぎず、中に何を入れるかはまだ明らかにされていない段階にある。今後、対処措置を具体化する米軍支援法、国民保護法制など、膨大な法律群が提出されることが予想される。
在野の法律家団体として、有事三法の危険性を広く世論に訴えるとともに、憲法の観点から、今後提出される法律群を厳しく監視し、意見を述べていく弁護士会の役割はますます重要になっているといわなければならない。
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