弁護士会による有事三法案への取り組みについて H15.6


有事法制問題対策本部長
林 光佑 

 弁護士会が、有事三法案の廃案等をめざして反対運動をしていることにつき、一部の会員から疑問が出されていると聞き及びました。この疑問について考えてみます。

疑問の根拠
 この疑問は、いくつかの視点にもとづいていると思われます。
 一つは、有事法案はあってしかるべき当然の法体制であり、これに弁護士会が反対することへの疑問です。例えば北朝鮮による98年8月31日のテポドンにみられるように、日本国内における有事が決して空想事ではないとの現実があります。現実にありうる有事に法整備をして予め備えておくことは、国民の生命身体財産の保護に不可欠との認識です。また無防備なままに有事が発生したとき、混乱の中で超法規的で強権的な対応を生み出し、以降これが既成の体制となって、ときに軍事優先の反憲法的な政治システムを定着させてしまう危険があり、憲法の立場からしても早期に歯止めのために制定すべきであるとの主張です。この視点からすると反対行動は、一部の立場にとどまることになります。
 二つは、反対論が旧来の憲法9条解釈論者・自衛隊違憲論者によるもので、弁護士会会員の一部にすぎないとのことです。その論者が自らの名で取り組むことは自由であるけれども、強制加入団体であり、公的存在でもある弁護士会の名と予算をもって反対運動をすることは、許し難いとのことです。
 他にも疑問の理由はありえますが、上記が基本的な立場と思われます。

果してそうか
 「有事」は「戦時」のことです。本当に万一がありうるとすれば、戦時に備えての事前の対応は不可欠です。多分疑問を呈する立場の「有事」は、直接日本国内に外国からの武力侵略ないしそれに近い加害行為のある場合に、防御的に対応する必要性を前提にしていると思われます。
 しかし問題は、このような専守防衛的に限定された有事法制なのかにあります。
 一般論としての「有事法制」は、戦時に対する体制作りのため、国民に様々な規制を加える法制になります。個人の行為を権力的に統率し、物資と社会的インフラの個人利用を必要な限りで抑制することになります。そして「デマ」「放言」「国民の士気を阻害する発言・報道」は混乱を生み出す利敵行為であり、これを強制的に規制することも要請されます。総動員体制を築くことが有事法制の本質だからです。有事法制の中に基本的人権の保障や適正手続を唱うこと自体緊急体制と矛盾する面があり、実際の場面での実効性は期待できません。
 このような有事法制の本来的な性質から、これが政策的に拡大して適用され濫用されて発動されたとき、国民にとり、取り返しのつかない事態が生じます。
 有事法制のもつ危険性は、昭和6年の満州事変以降に、軍財閥一体の下で戦争の泥沼の中に突っ込み、何百万人もの命が無惨なうちに失われた戦前の歴史にみられます。国家総動員法等の戦時法制と政策並びに報道規制の下で「勝つまでは欲しがりません」「鬼畜米英」「大東亜共栄圏」「神国日本」「輝しき軍国少年」の名の下に、多くの国民は「正義」を信じて戦争にかり出され、命を消失させられました。弁護士が「不逞のやから」「正業に就け」と揶揄されたことに、国民の権利状態の劣悪さが象徴的にみられます。
 私たちは、有事法制のもつ本来的な危険性を認識する必要があります。その認識の下で濫用されることを防止するために、具体的法案を法的にチェックし、濫用防止の措置が十分なのかの批判的検討の取り組みが少なくとも不可欠です。そしてこれができるのは、法律家であり、国民にもっとも身近な立場にある弁護士こそ、この検討の担い手たりえます。さらに基本的人権の擁護を担う弁護士は、国民の被る将来の危険に無関心であることは許されません。弁護士法1条は、戦前のにがい経験を踏えて、弁護士の社会的な責任を「基本的人権の擁護・社会正義の実現の責務」として確認しました。この弁護士の職責を有効かつ強力に達成するために、弁護士集団の公的組織である弁護士会が自らの課題とすることは、会としての公的責務の一つと考えられます。

なぜ有事三法案に反対か
 弁護士会が検討の対象とし廃案を提起しているのは、有事法制そのものではなく、政府の提出した「法案」についてです。濫用の危険に十分な配慮がなされた法案であるかどうかが論点であり、検討の対象です。
 具体的な論点は、別稿「修正でも変わらない有事法制3法の危険性と今後の課題」に任せるとして、下記が主な論点項目です。

1、

「自衛隊出動ありき」の法で、どのような場合に出動するのかについて明確にされていません。ことに「武力攻撃予測事態」はどのようにでも拡大適用できる用語であり、歯止めなき有事認定を導きます。

2、

すべての事態において、権力発動権限が内閣総理大臣にあり、国会の関与は事後的にすぎません。「本当に有事の事態なのか」の検討は、真にやむをえない緊急な場合を除いて、権力の走りすぎをとどめるために、事前に国会を中心にして十分な検討がなされる必要があります。

3、

日本国内での有事にとどまらず、周辺地域を含む地球規模での問題も有事の対象にしうる広範囲性があります。

4、

アメリカ軍との一体行動を前提にしているため、先制攻撃主義にあるアメリカの政策に影響されての発動の危険があります。

 有事システムの発動が避けえない有事状態なのかは、公正な報道と十分な国民的議論の下でなされねばなりません。情報が政策的に操作された下で、国民が踊らされることは絶対に回避すべきです。さらには有事を生来させないための国際平和維持と国際協調の積極的な政策が、まずは強力に遂行されることも必要不可欠です。平和希求の取り組みの下にあってはじめて、やむをえざる有事システムの発動に限定させ、濫用が回避できるからです。

取り組みはこれから
 今回と同じような議論が、85年10月から日弁連と全単位会がこぞって対処した「国家秘密法反対運動」についてなされました。87年5月30日の日弁連定時総会決議を巡って、「スパイ防止法制を支持する法律家の会」の会員111名が無効確認等の訴訟を東京地裁に提起しました。会の目的を逸脱し、会員の信条の自由を害するとのことを理由にしています。判決は92年1月30日に言渡され、直ちに控訴されましたが、同年12月21日判決にて日弁連の勝訴で確定しています。東京高裁は、弁護士会における同法案への対処は、当該法案の危険性を法的に指摘してのことであり、弁護士法1条の使命と職務から、会として取り組むことになんの問題もないとの判断です。
 有事三法案はこの6月6日に成立しましたが、取り組みの必要性は終っていません。これを具体化するための国民保護法制等の審議がはじまり、報道のあり方等が具体化されます。この具体化の中で法案の危険性を抑えた法制にするべく、引き続いて運動することが私たちに切望されています。