中部経済新聞2010年8月掲載 
遺言相続の手続きは
先生,お盆に里帰りしたら,親父から大変なもの預かっちゃったよ。

何を預かったんですか?


遺言書!

それは大変なものを預かりましたね。大切に保管して下さいね。

うん。金庫に閉まったよ。でも,親父,今は元気だからいいけど,80歳を超えているし…。元気な今のうちに,親父が死んだときどうすればよいか,少し教えてよ。

わかりました。それでは,今回は相続についてお話しますね。
相続とは,死者の生前に持っていた財産上の権利・義務を他の者が包括的に承継することをいいます。この場合の死者を被相続人,承継する者を相続人と呼びます。



親父が死んだ場合,親父が被相続人で,私が相続人というわけだね。

はい。相続は,人の死亡によって開始されるのですが,民法は,この相続について,遺言相続と,法定相続の二つを定めています。

ほう。

遺言相続とは,被相続人が相続の仕方について遺言という形で意思を表示している場合に,原則として,その遺言に従って,処理されるというものです。
一方,法定相続とは,遺言がない場合に,民法の定めに従って相続の処理がなされるというものです。今回は,遺言相続ですので,法定相続は割愛しますね。

遺言相続は,遺言書に従うことになるのか。そうすると,親父が死んだら,遺言書を開けてそのとおりに相続をすればいいのね。


いや,社長,まずは,被相続人,つまり先代社長の最後の住所地を管轄する家庭裁判所に,「検認」という手続きを申し立てる必要があります。

検認?

はい。公正証書による遺言は別なのですが,社長が今回預かったような自筆遺言書の場合,保管者等は,遺言者の死亡を知った後,遅滞なく遺言書を家庭裁判所に提出して,その検認を請求しなければなりません。
特に,封印のある遺言書は,家庭裁判所で相続人等の立会いの上開封しなければならないんですよ。
この手続きを経ずに遺言書を開封した場合,5万円以下の過料という行政罰に課されることがあるので注意して下さい。

勝手に開けちゃだめなのね。危うく開けるところだった…。

検認は,相続人に対し遺言の存在とその内容を知らせるとともに,遺言書の形状,加除訂正の状態,日付,署名など検認の日現在における遺言書の内容を明確にして遺言書の偽造・変造を防止するための手続なんです。
社長は保管者ですから,きちんと手続きをとって下さいね。

わかったよ。検認を受けないと遺言書は無効になるの?

いやいや,検認は,あくまで,遺言書の状態がどんなものであったかを確認する手続きであって,遺言書の有効・無効を判断する手続ではありません。検認を受けていないから遺言書が無効というわけではないですが,相続登記ができないといった不都合はあります。

それじゃ,遺言書が無効になるってどんな場合なの?

例えば,認知症などによりそもそも遺言能力がない方が遺言書を作成した場合,無効になることがあります。
また,自筆遺言書は,日付,氏名を自筆で書くとか,押印をしなければならないなど,厳格に要式が定められています。その要式が満たされておらず無効になることもありますね。

親父はちゃんと書いたのかな。遺言書の書き方の本とか読んでいたみたいだけど…。

心配であれば,有料ですが,公証人役場で公正証書による遺言を作成するのも一つの手段ですよ。必ず有効になるというわけではないですが,トラブルの防止にはなりますよ。

なるほど。私の時はそうしようかな。
でも,遺言書のとおり手続きをするというのも結構手間だよね。

その手間は遺言執行者の選任を申立てることで回避できますよ。

そんな手続きもあるの?

はい。遺言執行者は,相続人の代理人として相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をします。

それは便利だね。

先代社長の遺言書がどうなっているかわかりませんが,遺言執行者は遺言でも指定できますよ。

私の遺言では先生を執行者と指定するので頼むよ。
ところで,遺言書って,何が何でもその記載のとおり分けないといけないの?

そんなことはないです。相続人間で遺産分割協議を行い,全員が合意すれば,遺言と異なる分け方にすることもできます。
逆に,一定の相続人には,遺留分といって,相続財産に対し,遺言によっても奪うことができない権利があります。今回は詳しい説明を省きますが,遺留分は特に法的に難しい問題ですから,もし問題となった場合は,ご相談下さいね。

遺言書があっても,法的には色々問題があるんだね。親父が死んだときは,一人で手続きを進めず,先生に相談するよ。