中部経済新聞2010年7月掲載
借金抱える法科大学院生 ―研修中の給与廃止で―

●司法試験合格後の研修

あまり知られていませんが、我々弁護士は、司法試験合格後、弁護士になる前に1〜2年の「司法修習」という研修を受けてきました。

「司法試験に合格したんでしょ?研修なんて要らないんじゃないの?」という疑問もあるかもしれません。しかし、司法試験合格の翌日から、いきなり弁護士として活動するのは大変難しいです。

例えば、医師国家試験に合格したばかりの人に「今日から私が1人で手術します」と言われても困るのと似ています。私達は、司法試験合格後、数ヶ月の間、弁護士事務所で、指導弁護士の一挙手一投足を見て学び、実際の文書を起案して指導され、警察や拘置所に面会について行き・・・ということを繰り返し、「丁稚奉公」のように弁護士技術を身に付けてきたのです。それは丁度、「研修医」や「インターン」が先輩医師から指導を受けることに似ています。

テレビドラマで取り上げられた例としては(ちょっと古いですが)、@フジテレビ系の月9ドラマ「ビギナー」(ミムラさんが修習生役で主演。オダギリジョーさんや、奥名恵さんも修習生役で出ていました)や、ANHKの朝の連続テレビ小説「ひまわり」(松嶋菜々子さんが修習生役。彼女は、福島地裁で修習した設定でした)などがあります。司法修習生は、最高裁判所に任命され、守秘義務や修習専念義務を負いアルバイトは禁止です。

●裁判所でも研修します

弁護士志望の修習生は、弁護士の事務所以外に、裁判所や検察庁でも修習を受けます。例えば、「ひまわり」の松嶋菜々子さん演じる南田のぞみ修習生は、@福島県弁護士会所属の弁護士の事務所で、被疑者との接見(面会)に行く弁護士に同行したりして研修するほかに、A福島地方裁判所で法廷傍聴して裁判官の指導のもと判決文を起案したり、B福島地方検察庁で検事の指導のもと取調べを行ったりしていました。

「弁護士になるんだから、裁判所や検察庁での研修は要らないのでは?」と思われるかもしれません。しかし、弁護士と裁判官・検察官は、「法曹(ほうそう)」として基本的には同じ仕事をしており、一体のものであると言われています(法曹一元)。法曹一元が最も徹底した国の一つであるアメリカでは、検事や裁判官は、一定程度(一〇年くらい)弁護士の経験を経た弁護士の中から選挙で選ばれます。そのようなことによって、裁判官にも、実際の当事者がどういうことで悩み苦しんでいるのかをよく理解して判決を下すことが期待されています。この理念から、弁護士志望の修習生も、裁判官や検察官の考え方を身をもって学ぶために、裁判所や検察庁で研修するのです。多くの弁護士が、裁判所や検察庁での研修は、その後の弁護士活動に非常に役に立ったと考えています。

現在、名古屋地方裁判所には、このような司法修習生が約九〇名配属されています。テレビニュースで裁判所の判決が報道されるとき、横に裁判官以外の人が写っていることがありますが、それが司法修習生です(裁判所事務官等の裁判官以外の職員の方が写っている場合もありますが)。

●研修中に給料?

このような修習生には、これまで月二十万円程度の給料が裁判所から支払われてきました(給費制)。既述の通り、修習生は、アルバイトも禁止され、修習に専念しなければなりませんし、家族がいる人もいますので、この給料によって生活を維持してきました。また、国費で養成することによって、法曹としての社会的責任と公共心を醸成してきました。

ところが、今年の一一月にこの修習生に対する給料が廃止される予定(生活費の分だけ修習生は国から借金する〔貸与制〕ことになります)で、愛知県弁護士会をはじめとする全国の弁護士会や日本弁護士連合会では、これに強く反対しています。

「研修を受けているだけなのに、給料がもらえるなんて」と考えられるかもしれませんが、普通に考えても新入社員が研修中だからといって給料を支払わない会社はないと思います。

また、「修習生の多くはその後弁護士になるのだから、沢山お金が儲かるのではないか」と聞かれる場合もありますが、私達弁護士は収入のためだけに仕事をしているのではありません。多くの弁護士がボランティア的な、世の中のために役立つ活動をしたり、たとえ世の中からすぐには理解されなくてもその人に寄り添って権利主張をしなければならない事件(例えば、えん罪に苦しんできた足利事件の菅家利和さんの例でもそうです)のためにも活動することを使命としています。そして、実際、このようなボランティア的な活動は多く若手の弁護士と中堅以上の弁護士がバランスよく協力することによって支えられてきました。ところが、貸与制になると弁護士になった瞬間から何百万円もの借金を負うことになります。とすると、そのようなボランティア的な活動に関わるよりも、(非常に残念なことですが)自分の借金を返済することを一番に考える人も出てきかねないのではないかと心配しています。

●法科大学院時代の借金も

更に、平成一六年から始まった新しい法曹養成制度では、大学卒業後、法科大学院(ロースクール)の卒業が新司法試験を受験するための条件となっています。法科大学院では学費のほか、生活費や高額な図書代などが必要な一方、二年〜三年の間非常にハードな勉強をするため、アルバイトをする時間的な余裕はないのが通常です。その上、昨今の経済不況もあり、法科大学院卒業生(修習生)の経済状況は非常に苦しくなっています。学生支援機構(昔の日本育英会)の貸付型の奨学金は整備されているのですが、愛知県弁護士会の近時の調査では法科大学院生の多くが四〇〇〜七〇〇万円の借金を負っていることが明らかになっています。これに加えて修習生の給費制が廃止されると、これからの法律家は多くが法律家になった時点で既に多額の借金を負っているということになりかねません。また、弁護士を志望しようとする人が減ることも予想されます。

このようなことでは、これからは、「お金持ちでなくては法律家になれない」ということになりかねません。弁護士・裁判官・検察官は、私達の世の中でも非常に不幸な出来事・事件を仕事の対象としています。そのようなことを仕事とする弁護士等の法律家には、必ずしも家がお金持ちでなくてもなることができる世の中が良い世の中であると私達は考えています。

●裁判所法の改正を!

日弁連では、四月にこの給費制維持のために、裁判所法改正を求める緊急対策本部を発足させました。政治情勢は不透明ですが、九月に臨時国会が開会されることを想定し、一一月までに裁判所法を改正して給費制廃止を阻止することを目指して全国的な緊急活動を開始しました。

愛知県弁護士会でも、この活動方針に応じて、四月には司法修習生の給費制維持のための緊急対策本部を設置し、五月には定期総会で「司法修習生に対する給費制の存続を求める決議」を満場一致で可決しました。この運動が本当に裁判所法の改正に結びつくためには、皆さんのご理解とご支援を欠くことができません。何卒よろしくご理解・ご支援の程をお願い申し上げます。