中部経済新聞2010年1月掲載
【聞之助ダイアリー】
沖縄返還密約問題
〜報道機関の責務

沖縄返還当時の密約文書が、佐藤元総理の自宅から見つかったことが話題となっている。しかし、新聞記事を見ていても、西山記者の事件に言及している記事は少ない。

昭和44年に佐藤栄作政権とニクソン政権との間で沖縄返還が合意されたが、その後、返還協定に際して日本政府がアメリカに巨額の資金を支払うなどの密約をしているのではないかと国会で追及された。この密約については世論の強い非難を浴びたが、その後事件は政治問題ではなく、男女の下ネタ話に矮小化されていった。

きっかけとなった外務省の極秘電報は、外務省の女性職員から毎日新聞の西山記者に流れ、それが社会党議員に渡されていた。これが国家公務員法違反(機密漏洩)として外務省職員と記者が逮捕起訴された。捜査過程でこの極秘電報を入手するために記者が外務省職員と男女の仲となっていたことが明らかになった。検察官も起訴状の中で「ひそかに情を通じ、これを利用して」とまで記載し、傍聴席のマスコミの前で西山記者と外務省職員の不倫関係を強調したのである。

その後週刊誌やテレビのワイドショーはこの男女関係を大きく取り上げ、世論の批判の矛先は佐藤政権から記者の側に変わった。当初は報道の自由を楯に取材の正当性を主張していた毎日新聞も、夕刊にお詫びの言葉を記載して以後一切の報道を止めたのである。結局佐藤政権の思惑通り世論は男女の不倫関係に誘導され、密約報道は全く話題にも上らなくなった。日本の報道機関が政府の軍門に下った転機とも言われている事件である。

佐藤政権は最後まで密約の存在を否定し、これについてはその後の自民党政権も否定し続けた。それが虚偽だったことが明らかになったのである。

手段の当否は別として、政府は内密にしたいとしても国民が知るべき事柄を報道することは報道機関の責務である。長年に渡って政府が虚偽を言い続けたことについては厳しく追究されて然るべきだし、検察官が時の政権に荷担し殊更に不倫関係を強調した点も問われるべきことである。しかし、何よりもまずマスコミ自身が、時の政権に誘導され事件の本質を隠蔽することに荷担した事実を強く反省するべきではないかと思う。他人事のように「見つかりました」とのみ報じる紙面からは、報道機関の問題意識が伺われず、その点が残念でならない。