裁判員制度がスタート


社長  いよいよ今週の木曜日から裁判員制度がスタートしますね。

弁護士  そうですね。ところで、社長は取調べの可視化という言葉を聞いたことがありますか。裁判員制度にとっても重要なのですが。

社長  「カシカ」ですか。う〜ん、最近耳にしたような気がしますが、詳しくは分からないです。
弁護士  被疑者を逮捕すると、捜査機関は被疑者の取調べを始めますよね。取調べの可視化というのは、その取調べの最初から最後までを全部録音・録画するということです。
 現在、被疑者の取調べは、捜査機関と被疑者だけの密室で行われています。外部にいる人は密室で何が行われているのかを知ることができません。
 捜査機関は、何としても被疑者から自白を引き出そうとしますから、被疑者を威圧したり、利益誘導したりといった違法・不当な取調べが行われることもあります。その結果、被疑者は、意思に反する供述を強いられたり、供述と食い違う調書が作成されたりします。
 取調べが可視化されなければ、こういった違法・不当な取調べを防止したり、後でチェックしたりすることができないのです。
社長  でも、話している様子が全部録音・録画されていると思うと、人は話しにくくなるものではないでしょうか。私も商談のときに相手が会話を録音しようとするのを断った経験もあります。
弁護士  警察庁や検察庁といった捜査機関は、社長がまさに今おっしゃったような理由で、取調べの可視化に反対しています。取調べが録音・録画されると、被疑者は事件の真相を話したがらなくなる。取調べの可視化は真相の解明を妨げるというのです。
 しかし、密室でしか真相を話さないという実証は本当にあるのでしょうか。取調べの結果は被疑者の署名付きの供述調書という形で残るのですよ。オフレコの商談とは全く状況が違うと思います。
 実際、イギリスでは取調べの録音・録画が義務づけられた後、すぐに捜査機関・被疑者ともに、テープやビデオの存在に慣れ、存在を意識しなくなったという報告もあります。
 それに、密室での取調べは、冤罪の深刻な原因となっています。
社長  え、被疑者が自白したのに冤罪だったなんてことが本当にあるのですか。
弁護士  戦後、日本では4人の死刑囚が再審で無罪となりましたが、全員、捜査段階で一旦は自白していました。最近でも、鹿児島の志布志事件、富山の氷見事件、佐賀の北方事件などで、違法・不当な取調べによる自白が問題となり無罪になっています。
 ですから、冤罪を防ぐために、取調べの可視化を実現するべきなのです。そうすれば、被告人と捜査機関の言い分が違っても、録音・録画したものを再生すれば容易に正しい判断をすることができるからです。
 それに、裁判員制度を成功のためにも取調べの可視化は絶対に必要です。現在では、違法・不当な取調べがあったかどうかは、法廷で被告人と捜査機関の水掛け論のような言い分を延々と聞いてから裁判官が判断しています。当然、裁判は長期化します。しかし、これは裁判員にとって過酷なことではないですか。
社長  なるほど、取調べの可視化が重要だということはよく分かりました。ところで、現在、可視化に向けた動きはどうなっているのですか。
弁護士  日本弁護士連合会(日弁連)では、取調べの可視化の実現を求める署名活動を実施してきましたが、3月31日までに110万人を超える方々の署名が集まりました。国会でも可視化について議論されています。
社長  そういえば、最近、取調べを録音したり録画したりするって聞いた様な気がします。
弁護士  それは、取調べの一場面だけの話です。取調べが一通り終わった後で、録音・録画を開始し、被疑者が供述調書に署名・指印する場面を中心に記録しているようです。
 しかし、これでは捜査機関に都合の悪い部分が録音・録画されず、取調べの実態を見誤る危険性があります。取調べの最初から最後までを全部録音・録画するのでなければ、違法・不当な取調べを減らすことはできません。
社長  「いいとこどり」はダメということですね。外国では取調べの可視化はどのような現状なのでしょうか。
弁護士  取調べの可視化は、欧米諸国だけでなく、韓国、モンゴルなどでも既に導入されています。
 最後に興味深いエピソードを紹介しましょう。アメリカ・イリノイ州では、だいぶ前から取調べの可視化の議論がされてきましたが、当初は否定的な意見が強かったそうです。しかし、ある上院議員が可視化に向けた本格的調査に乗り出し、2003年7月、遂に可視化が実現しました。その上院議員とは、あのバラク・オバマ大統領だったのです。
社長  何と!それなら日本も「チェンジ」しなければいけませんね。